第46話 廃坑
「鬼だ、鬼だ、お姉さんは! 俺がこれほど苦しんでいるのに……」
「ほら、イケメンは口答えしないで、黙って走りなさい!」
道が悪い山道を馬車は進むため速度を落として走っていく。
四人は馬車を追いながら突き進んでいき、数時間後、馬車はトンネルの入り口のような場所にようやく停車した。
「あれは……!」
「何? お姉さん」
「あれは廃坑だわ。あの貴族は炭鉱で財を成したけど、石炭を取りつくし使用されなくなった状態で残されている廃坑も所有しているはず。恐らくその一つよ」
御者は入口にある古びたドアを開け、横に置いたトランクを持ち、貴族の男と入口から廃坑の中に入っていく。
彼らも追いかけて廃坑の中に入っていくのだが、思ったよりも音が響くため、ベガは間隔を空けるよう促し、慎重にあとをつける。中は薄暗く、ジメッとした嫌な湿気が纏わりつき、カビ臭い様な独特の匂いが漂っていた。
内部は支柱で支えられているトンネルが巨大な迷路のように張り巡らされ、所どころ岩や、朽ちた木片が落ちているため、四人は躓いて転ばないように気をつけながら歩いた。
ベガは廃坑の中を歩きながら、かつてここで働いていた男たちが行き交っていた全盛期の風景を思い描く。
きっと多くの坑夫たちが手作業でそれぞれが人生を賭けて石炭を掘り続けていたはずだ。取りつくされた石炭があの貴族の男のもとに渡り、その後、職を失った男たちはどうしたのか?
西の大国を目指す者、この地に留まり別の仕事をはじめる者、そして故郷に戻った者、様々だったはず。
かつての故郷パシャレモは、肥沃な土壌と、川からの恵みを受け農業の盛んな国であった。自分のように流行り病で肉親を亡くしてしまう場合は別としても、それなりの生活水準を保ち心豊かな暮らしを送っていた。
それなのに、あの日ミルフォスからの襲撃をうけ、何故いとも簡単に陥落してしまったのだろう?
恐らく、圧倒的な軍事力の差であり、民の心豊かな暮らしに重きを置いた結果だったのかもしれない。
この大陸は西の大国はじめ、小国や豪族がひしめき合う非常に不安定な状態だ。だからどうしても戦争を繰り返して領土の奪い合いになり、ほんの一瞬の判断ミスが国をも滅ぼしてしまうこともある。
この変わり果ててしまった廃坑と、亡国パシャレモが重なりベガに辛い記憶を蘇らせる。
そしてどうしても、後ろを歩く彼の方に視線を注いでしまう。
もしも彼が本物の王太子なら、どんな未来を描くのだろうか。叶うならあの豊かだった国に戻ってほしい……。
貴族の男たちは廃坑内を進むと、集めた石炭を保管していたと思われる大きな広場へと出た。
四人はそんな広場が見渡せる少し高い位置から彼らを見下ろす。
御者の男が持っていたトランクをガチャリと開けると、中には一人の子どもが足を抱えた状態で入れられていた。
貴族の男が中から抱き起すと、眠っていたその子どもはうーんと大きく伸びをして体中をこきこきと動かし始めた。
男が広場の真ん中に小さく開いている穴のような方へ行き、御者から受け取った縄梯子を穴の中へと垂れ下げると、中から大勢の子どもたちが出てくる。
子どもたちは何かを男に渡し、また縄梯子を下りて穴の中へ戻っていき、男は受け取ったものを丁寧にトランクへ並べていく。
そしてあのトランクに入っていた子どもも他の子と同じように躊躇いなく縄梯子を下りたのだ。
「あれは!! いなくなった子どもたちだわ! 何てこと、こんなところにいたなんて」
「早く行って助けようよ、お姉さん! 絶対に変だ、あの子たち何かに操られているみたい。それに渡していたのがタバンガイ茸かもしれない」
ヒロが飛び出していきそうになるのをベガは力づく押さえつけ、口を思いっきり塞いだ。
「何を考えているの? どうしていつもあなたはそうやって周りを見ないで突き進もうとするの。悪い癖だわ。時期を逸して消失してしまった国だってあるのよ!」
彼女は体を震わせながら、今にも泣きそうな真剣な顔つきでヒロに云うのを、三人は神妙な面持ち見ていた。
この豪快な人が、感情的になったのを見たのは初めてだった。
「取り乱したりしてしまって、ごめんなさい……。もうすこし様子を見ましょう」
それからベガは一言も口を利かないまま、男たちの様子を伺っている。
カイはそんな彼女を見て確信した。
やっぱりこの女は何か隠している。そしてそれは間違いなくヒロに関することだ。
そんな本人の方に目を向けると、セラに怒られた時のようにどっぷりと気分が落ち込み沈んでいた。
あーあ、こうなると立ち直るまでに時間がかかるんだよな。しかももう一人は胃もたれのあげく数時間走らされ、真っ青な顔して横になっている。
最悪だ。よりによってこんなときに、テンションの低い奴らと一緒なんて。
「どうしてあの子たちは、他の子がいる前で忽然と姿を消したのだろう? そして穴の中に入っていた子たちも。おとなしく従順にみえた」
ベガはカイに訊ねられて、苦しそうに横になっているテルウの背中を擦りだした。
「私は彼らが聞いていたオルガンの音や音色に細工がしてあるのではないかと疑っているの」
「えっ? そんなこと可能なの?」
「俄には信じがたいけど、かつてそういった技があって人を操ることが出来たって聞いたことがある……」
「……そうか。だから他の子が見ている前で忽然と姿を消しても、もうその時には見えていないよう操られていたのか。それにあの子たちも。子どもは純粋で好奇心旺盛だから」
「あくまでも可能性の一つだけどね。もう間もなく日が暮れるはずだわ」
広場の天井には小さな穴が空いており、星が輝きはじめるところだった。
ベガが予測した通り、御者が縄梯子を穴の中へと垂れ下げると、中から子どもたちがゾロゾロと中から這い出してきて、御者と一緒に広場の右側へと歩いていく。
「見失わないよう行くわよ、ほら二人ともテンション上げて!」
彼らは子どもたちを見失わないようゆっくりと追う。
ヒロとテルウもベガに言われるがまま、テンション低めでよたよたと何とか歩き出す。
その時、広場で貴族の男がトランクを持ち、ベガ達のいた方を見て不気味にニヤリと笑ってから入口の方へと歩いていった。
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