第44話 面影

 山間の小さな村では農産物が収穫時期を迎え、どの家も大人たちは畑仕事に精を出している。

 子どもたちは、畑仕事をしている親の手伝いをし、一段落すると子どもだけで遊び始める。すると近所の子どもたちがどこからともなく集まってきて、自然といつもの秘密基地へと向かうのがお馴染みになっていたのだ。その秘密基地は大人から目が届かない木々の茂みの中にあり、そこで手伝いを終えた大勢の村の子どもたちが遊びだした。


 少し広くなった場所に、いつもはいないはずの奇妙な格好をした小柄な男がポツンと立っている。

 色鮮やかな斑模様の赤い服装に、風変わりな赤いとんがった帽子を被り、首からぶら下げている少し大きめの箱は子どもたちも見たことがなく、恐る恐るその男に近づいていく。


 そしてある程度の子どもたちが集まったところで小柄な男はその箱についているハンドルを回し始めた。

 手回しオルガンからゆっくりと曲が流れると、美しく澄んだ音色が子どもたちの心を一気に掴んだ。


 少しして、聴いているのが同じ曲の繰り返しだと気づき、次第に飽きてきた子どもたちは、一人また一人と別の遊びに興じはじめた。

 最後まで残った五歳位の一人の男の子は、澄み切った茶色の目でにこにこ微笑み音楽をじっと聞き入っている。

 しばらくして他の子どもが気付いた時には、男の子の姿、そして手回しオルガンを奏でていたとんがり帽子の男の姿も、いつの間にか忽然と姿を消していたのだった。




「それで最初はみんなでオルガンの曲を聴いていたのね?」

 子どもたちにその時の状況をベガは詳しく聴取していた。


「そう! でも俺たちは途中で飽きて、他の遊びに夢中になってしまって……。そしたらいつの間にかあいつ消えていたの。お姉さん、あいつ帰って来る?」


「ええ、大丈夫よ。必ず見つけ出すから」


 大勢の子どもたちはベガの周りに集まり必死になって話してくれている。みんな姿を消してしまった友達の事が心配で仕方ないのだ。ベガは彼らの頭を撫でながら事件解決を誓い、その場を離れた。



 それにしても聞けば聞くほど不思議な話だ。

 これだけ大勢の子どもが同じ空間にいて、消えた子どもとその奇妙な格好の男の二人が消えた瞬間を誰も見ていないなんて。


 オルガンの音色。

 その子は最後まで聞いていたと子どもたちは証言していた。

 音色に秘密があるのか? それとも他に何か……?

 あーっつ、もう! 頭がぐちゃぐちゃになってきた。


 こういう時は、一度振り出しに戻らなくちゃ。

 振り出し……。あの森の中に戻るか。

 もうさすがにいなくなっているだろう。



 ベガはあの貴族の屋敷が見渡せる森の中に戻ってきた。

 謎を解く鍵はどう考えてもあの館しか思いつかない。

 木の上によじ登り、辺りを見回した。やはりもう立ち去ったかと思ったその時、何本か先の木の枝に、白い頭巾姿の青年が三人座っていた。


 い……た……! まだいたわっ!!!

 しかもあのような目立つ真っ白な頭で三人固まっているなんて、あの子たち一応情報屋なのよね?

 絶対仕事出来ないでしょう! 上司も気の毒だわ。


 気配を完全に消しながら少しずつ慎重に近づいていき、そして何とか声が微かに聞き取れる位置まで辿り着くと、ベガは彼らの話に耳を澄ませた。



「お腹すいた。もう何日ここに座っているんだよ、カイ? 貴族の男なんてちっともいないじゃないか?」

「うるさいな! お前は腹が減るとすぐそうやっておしゃべりをはじめる。いい加減直せよ。いつもそれで仕事でミスするだろう?」

「最初から情報屋になりたいなんて一言も言っていない。カイ達が誘われて勝手に決めたんだ」


 テルウは空腹に耐えられず、またいつものように口を尖らせてカイに文句を言いはじめた。



 イケメンはおしゃべりだなあ。

 この間、途中で話に割って入ってきた子がカイと言うのね。

 ふーん、競争率高くて稼げるのに情報屋はなりたくてなった訳じゃないのか。

 でもいつも一緒にいて、三人は仲良しなのね。フフフどの子も可愛い!

 そして、年の頃は十代半ばから後半……。



 彼らについてあれこれベガが注意深く観察していた時、

「なあ、ヒロもそう思うだろ? って、お前そんなところで寝るなよ。起きろ!」

 寝ているヒロのお腹の上に乗って彼を無理やり起こし、テルウは寝ぼけているヒロの耳元でごにょごにょと何か言っている。


 思わず心臓が止まりそうになり、ベガは全身の力が抜けて、また木からずり落ちそうになった。


 ……ウ……ソ!?

 えっ? ええええええ?

 あのイケメン今何て言ったの? 聞き間違いか?

 いやでも確かに。

 ああ……ミッカ様……。本当にあの時の赤ちゃん……な……の?

 それとも、単なる偶然か?


「誰だ? そこにいるの?」

 目を覚ましたヒロが、テルウの愚痴を聞いている横で、何やら気配を感じたカイは突然木の上に立ち上がった。



 しまった! 驚きすぎてつい油断した。

 逃すものか! 必ず真相を突き止めてやる。


「いい加減出て来いよ!」

 キレ気味にカイが言い出したので、ベガは木を移動し枝を押しのけ、彼らの前にそっと姿を現した。


「こんにちは。また会ったわね、薬屋たち」

「あっ、この間の人! 怪我は大丈夫ですか?」

 嬉しそうにその青く澄んだ瞳でヒロが見つめてくるのを、ベガはじっと凝視し続ける。



 うーん。面影があるような、ないような。

 赤ちゃんの時しか見ていないし、決定的な証拠にはならないなあ……。


 熱心にヒロを凝視しているベガにカイが不信感をあらわにして

「今、満月は出ていませんよ。お姉さん?」

 と意地悪っぽく、にやりと笑った。



「その通りよ、先日も別に満月の鑑賞なんてしていないわ。私はある事件を追っているの。それは君たちが追っているものと繋がっているかもしれない。もし良ければ麓に美味しい料理を出す宿屋があるの。そこで情報共有しない? 治療してくれたお礼に今日は御馳走するわよ」

 相変わらず鋭いわねカイ君、と思いながら、ここで一気に距離を縮めたいと彼女はありきたりの誘い文句を言った。



 彼女と一緒にご飯を食べられると、ヒロは顔がぱあと明るくなり、テルウは御馳走という言葉にピクッと反応して、獲物を狙う獣のように舌なめずりをした。



 こらこら、イケメン! 私以外の前でそんなことしたら人心を惑わしちゃうから。


 自然と笑いが込みあげてきて一人でニヤニヤしているベガを、カイは相変わらず警戒していた。しかし一向に進展がないので、さすがに焦りもあったのか、結局この食事の誘いを受ける事にしたのだ。

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