第36話 修行場

 それからしばらくして、ジェシーアンとユイナはすっかり機織の扱いにも慣れ、装飾品の布を見事に織り上げることができるようになった。


 ジェシーアンは元々器用だったが、思いのほかユイナの几帳面な性格が仕事には有利に作用し、繊細な装飾品の製作は彼女の方が得意かもしれなかった。

 目が不自由なことは特段障害とはならず、むしろ指先で確認しながら織り上げる布は見えようが見えまいが関係はなく、彼女は生まれてはじめて与えられた仕事を真摯に取り組んでいた。

 そんなある日の午後、ジェシーアンがこっそりユイナの耳元で囁く。


「ねえユイナ、私これからシュウの様子を見に行こうと思うの……」

「本当に? 兄様の事、気になっていたの。辛い目にあっていないといいけど……。私のことは気にしないで。ここは安全だと思うから」

「ええ。夜には必ず戻るから安心して」


 ジェシーアンは工房長や、あの女達に見つからないように、そっと工房を出て、建物の外へと出た。


 幻島ダズリンドにはクーの屋敷や工房と呼ばれる建物群以外にも、いくつかの建物や、遺跡群があり、この中からシュウがいる修行場を正確に割り出さなければならない。

 クーが言っていた、必ずしも安全は保証できないとは、きっとそのようなことなのだろう。何処で何が起こっても責任は持たないということだ。

 彼女はシュウと最後に目が合い、繋がっていると思った感情を呼び起こす。

 そして胸の前に両手をあてて彼に問いかける。


 ねえ、シュウ何処にいるの? 何処にいるか私に教えて?


 ふと、ある一つの遺跡群に目が向き、その遺跡の方に足が向かう。

 それは遺跡と建物が一体化したもので、入口はドアも何もなく、すぐに薄暗い建物内地下へと続く螺旋状の階段があった。彼女はなるべく音をたてないように階段をゆっくりと降りていく。


 四階相当は降りたであろうか?

 建物内部は無機質の白い石の壁で覆われ、所々に松明が灯してあった。ジェシーアンは身を守る武器になるものは無いかと辺りを探し回った。

 ゆっくりと息を潜め、壁に手を当て周囲の変化を読み取りながら慎重に歩く。

 どうして自分にこんなことが身についているのか、不思議に思いながらも手がかりを探す。


 どうやらこの建物内は巨大な迷路のようになっており、曲がり角が続いているかと思うと、廊下が続いていたりして、手を壁に当てていないとすぐにでも迷子になりそうだった。

 ある曲がり角を過ぎたところに使い物にならない古びた剣が落ちていた。

 それでも無いよりはましかとそれを拾い上げ、ぶんぶんと剣を振り下ろしたのだが、妙にしっくりと馴染んでいるように感じ、剣を握ったからなのか、ジェシーアンの目つきが次第に鋭くなり顔つきが変わっていく。


 薄暗い廊下を歩いて行くと、その奥で行き止まりとなっている。

 仕方なく戻ろうとすると、数人の足音が近づいてきたため、ジェシーアンはその場にさっと身を低く屈め、音のする方をじっと息をころして見つめた。


 そのさきで白装束姿のシュウが、五人の黒ずくめの男たちに追われている。


 シュウが思ったより早く走れることにも驚いたのだが、それ以上に驚いたのは男たちにボコボコに殴られていたことだった。

 いつもの高飛車な彼からは想像もできない姿だ。

 男たちは馬乗りになって殴る蹴るを繰り返し、彼は顔の前で腕をクロスさせて必死で防御している。


 その姿を見た彼女の胸がチクチクではなく、苦しくなるくらい締めつけられた。


 やめて! やめて! 

 もう、私の心臓がねじ伏せられて、息ができなくなりそう。

 シュウはあなた達が気安く触れるような相手じゃないんだから!

 この大陸において、誰よりも高貴な身分の生まれなのよ。

 だから手を出さないで!!


 いつのまにか、彼女は右手で剣を握りしめて走り出していた。


 シュウは寝転びながら、防御の構えを取り、何とか抜け出す機会を伺っていた。

 黒ずくめの男たちはあの舟夫同様、目だけを黄色くギロッと光らせながら容赦なく襲ってくる。厳しい修行の日々に自身の身体が悲鳴を上げていくのを感じる。


 その時、黒ずくめの男たちの内一人が、ドサッと音をたてて倒れる。

 そしてまた一人倒れて動かなくなったかと思うと煙のように消えた。

 他の三人が一斉に後ろを振り返ると、そこには息をきらしながら長い黒髪のポニーテールを風になびかせ、剣を両手で構えるジェシーアンが姿を現したのである。

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