第37話 未来の将軍候補

 彼女は自分と同じように、息を切らしながら横たわっているシュウと一瞬目が合う。

 黒ずくめの男たち三人は、ジェシーアンの方へとじわじわと近づいてくるが、よく見ると男たちは全員丸腰だった。


 これはいける!

 と確信し、にやりと笑う。


 そのうちの一人が捕まえようと、腕を伸ばしたのだが、彼女はヒョイと後ろに下がったかと思うと、くるりと身を屈め右周りに回転し、その回転力を利用して、男の胸の辺りを思い切り斬った後、右上に剣を振り上げた。


 男は胸を斬られ倒れると、先程の男たち同様、一瞬で姿が消える。


 他の二人は、じっと彼女を見つめ出方を探っている。

 ジェシーアンはそんな彼らのギロッと光る目の、どちらにも焦点を合わせながら、剣を構え、少しずつ後ずさりしこの二人をまとめて倒せる場所へと誘導しはじめる。


 少し広くなった場所に五段程の階段があった。

 そこに上がり、二人の男たちに剣を向け、さあどっちから片付けようかと思った時、右側の男が蹴り込んできた。

 受け止めるのは流石に無理があるだろうと、真上に軽々と飛び上がり、空中でグリップを持ち替え着地しながら思いっきり男を剣で突き刺した。


 ……バサァァァ、男は倒れて煙のように消える。


 あと一人残った男は、彼女と同じように階段に上り、左足を出して思いっきり飛びかかってくる。

 ジェシーアンは五段ある階段すべて飛び降り、膝を床につけ、その場で大きく一呼吸おいてから、眼光するどく右側に両手で剣を握りしめて階段上にいる男へと振り下ろした。その光のように早い剣先は、男の黒っぽい着物やギョロとした黄色の目、すべてを頭の先から足の先まで真っ二つに切り裂いたのだ。


 シュウは横たわりながらも、衝撃的な光景に彼女から目を離せなくなってしまった。


 ミカエラは幼いシュウに時折、カルオロンの「赤」の将校をつけて剣術を学ばせた。

 将来に備え、たしなむ程度に習っていたつもりだったのだが、その時習っていた「赤」の将校と比較しても、彼女の能力がずば抜けて高いことは太刀の鋭さでよくわかる。

 山脈で刺された時、急所が外れたのが不思議なくらいだ。

 彼女が深手を負っていなかったら確実に命を落としていた。


 あの大陸一の剣士ダリルモアの遺伝子を完璧なまでに受け継いだ天性の武人。


 シュウには輝かしい未来が見えるかのようだった。

 自分が皇帝となった暁には隣に並ぶ、「黒」にカルオロンを象徴する赤の線が入った軍服を纏う、軍の最高司令官である将軍になった彼女の姿だ。



 しかし、それと引き換えに彼女は大きな代償を伴うことにもなる。

 強国カルオロンでは、将軍は皇帝に次ぐ官職とされ、城に部屋も与えられて常に皇帝と行動を共にする。

 そして、皇帝が崩御した際に自らの役目を終えることとなる。

 実際ダリルモアに暗殺されたヒュウシャーの将軍だった人物は、翌日に自尽し果てた。


 身重の皇后が里下りしている中、ヒュウシャーを守れなかった自責の念に駆られ、想像を絶する最期であったと聞いたことがある。

 そして命と引き換えの名誉を手にして、皇帝や皇后と共に葬られるのだ。

 彼女がそれを受け入れるかどうか。ましてや女将軍は過去に例を見ない。


 もしかすると彼女が修行場にこうして来たのは運命かもしれない。

 二人で共に強くなり、輝かしい未来を掴むために……。

 そのためにも確実に彼女の記憶をコントロールできる能力を身につけなくては。


 そう思いながら、シュウは痛み続ける身体をゆっくりと起こした。





「…………そこで王女様は聞きました。あなたの本当に欲しいものは、なあに? と」


 女はクーを膝の上で抱っこしながら絵本を読んでいる。

 そして何気無く、顔を覗き込んで聞いた。


「主の本当に欲しいものは何かしら?」


 クーは絵本のページを先へとパラパラめくりながら進め、恥ずかしそうにボソッと言った。

「…………大人の体」


「そんなの、すぐにでも手に入るでしょう?」

 女は可愛いとばかりに彼の頭を撫で撫でしてから、また先程まで読んでいたページに絵本を戻した。


「もうずっとこの体でこの島にいるのも、毎日同じ顔の女ばっかり見ているのも、話しのオチが分かっている絵本を読んでもらうのも、飽き飽きしているの。何か楽しいことないかなあ?」


「それはたしかにそうね」


 女が上を向いて、うーんと考えて込んでいる時、クーは何かを感じ取り、にやっと笑い女の耳元に手を添え小さな声で話しをしてきた。


「ねえねえ、どうやら修行場に黒鼠が一匹紛れ込んだみたいだよ。黒鼠に用はないからこの際消えてもらおうよ」

「まあ、なんて悪い子なのかしら」


 女はくすぐるように、クーの頬を軽くつねる。

 その時、開けている窓から風が入りこみ、外に咲き乱れている花の甘い香りが部屋中に漂ってきた。


「はあ~癒される。風に乗って運ばれてきた花の良い香りは、花の持つ本来の力だ。まやかしなんかじゃなくてね」

 クーはすーっと息を吸い込み、気持ちよさそうに思いっきり花の匂いを嗅いだ。

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