第35話 生命の布

 ユイナは部屋中から放たれる強い殺気を感じとり、両手で口を押さえ、ひどく怯えて震えだした。


「山猿言っただろう。これは全てまやかしだって。この子どもだって見た目に囚われるな。こいつの目を見てみろ。気が遠くなるほど長い間、世の中を見てきた殺伐とした目をしているぞ」


 人形を飛ばした後、シュウは赤い眼を光らせて、クーの目の中をじっと見つめていた。

 その小さな水色の目は、まるでガラス玉のようで、中はがらんどうだった。


 スピガの師匠だったというこの子どもは、果てしない時間をこの幻島で過ごし、術師になりたいと願う者たちを見つめてきたのだろう。

 そのガラス玉のような目を見ていると、もはや彼自体が人形のようであった。

 感情などまるで持ち合わせていない、子どもの形をした、ただの入れ物。

 シュウはクーに畏怖嫌厭の情を覚えた。


 ジェシーアンは左側に突き刺さっている剣を思い切り引き抜いた。


 私ったらあの灰色蜥蜴に忠告を受けたにもかかわらず、いつもの癖でつい本音が出ちゃったわ。確かに容赦のない奴だ。次は剣をずらさずに確実に狙うってことね。



「スピガの言った通りですね。これがあなたの力か、赤い眼のツァー《皇帝》。でも残念ながら、この力は人々の祈りが顕在化されたもの。従って存在価値を確認するに過ぎないですよ。でも術師の力は全くの別物だ。すべての原理原則のサイクルに少し手を加えてあげることで、違ったものが見えてくる。それがまやかしです。人間が本来持っている力や、寿命、その全てが術師のまやかしとなるのです。どちらが上かは試したことがないからわからないが、もしもその二つを兼ね備えたとしたら、それはもう神の領域かもしれない……」


 赤い眼を光らせながら、人形を操ったシュウのことを、クーは試すように見つめてから、ようやく木馬から降りてきた。

「さあ遊びはこれで終わりです。これから幻島ダズリンドについて説明しますので、僕についてきてください」



 クーはシュウ達を、隣にある建物群へと案内した。

 彼が工房と呼んでいるその建物群は、ピンク色の壁に赤茶色の屋根がある二階建ての建物が数十個繋がったもので、あの同じ顔をした女やそうじゃない女達が、何十人もふらふらと彷徨っていた。

 歩きながら四人が奥へ進むとガッチャン、ガッチャンというリズムの響く音が規則正しく聞こえてきて、クーが扉を開けたそのだだっ広い部屋では、数人の女達が織機で何かを織っている。


「あれは何を織っているの?」


「彼女たちは《生命の布》を織っています。

 その名の通り自らの命を織り込んでね。完成したら術師として寿命を偽ることができ、そしてあの女と同じ顔と風貌になるのです。レディ達にはこれから機織をして頂きます」


「はあ? 冗談も休み休み言いなさいよ! 何で自らの命を織り込まないといけないのよ。あっという間に死んじゃうわ!」


 聞き捨てならない言葉に、ジェシーアンは先程、骨身にしみてわかっているにもかかわらず、眉間にしわを寄せて猛烈に抗議した。


「修行するのは俺だけだ。もしそれが条件だったら今直ぐにも帰るぞ!」

 二人に対して特別な思い入れがあることを確認したクーはサラサラした髪を触り、薄ら笑いを浮べた。


「そう言うと思って、レディ達にはそうじゃない装飾品を織ってもらいます。大陸では結構売れるのですよ。何か作業をしていないと、この島は時間の流れもまやかしだから戻った時にどうなっているか見当もつかない。あと居住スペースも奥にありますからレディ達はそこで過ごしてください。じゃあ次はツァーだけ来てもらいましょう」


 ジェシーアンとユイナはシュウがどこかへ連れて行かれるのを悟り、何もかもが狂い過ぎているこの島の中を、彼一人で行かせることに不安が募った。


 こういう時に限って

「ウフフフフ、大丈夫です。互いに行き来しても別に構いません。必ずしも安全は保証できませんけどね」

 クーは子どもっぽくキャッキャッと笑いながら言った。


 容赦ないどころか、相当ヤバイ奴じゃない坊ちゃん貴族!

 もう気持ち悪いのを通り越して、あの妙に子どもっぽい笑顔が逆に怖いわ!

 でも行き来出来る事がわかっただけでもましか。

 落ち着いたらユイナも心配だろうからシュウの様子見に行こう。


 シュウはそんなジェシーアンの気持ちを物ともせず、威厳たっぷりの態度でクーの後に付いていく。あのような姿を見ると、やはり普通の少年ではなく、高貴な身分であることがわかる。持って生まれた気位とも言うべき、誇り高く勇敢な態度がジェシーアンの心をまたもやドキッとさせる。


 そんなシュウが一瞬こちらを振り向き、ジェシーアンと目が合った。二人は何も語ることなくお互いの目を真っ直ぐ見た時、不思議と何かが繋がっているのだと思ったのだ。

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