第21話 銀色の髪をもつ少女
「鳥も哀れな……」
「戦っている姿が美しいんだ」
狙いを定めていたが、野ウサギが命からがら鳥から逃げだし、野ウサギを見失った鳥もどこかへ飛び去っていったので、ふと弓矢を構えるのをやめ声が聞こえてきたほうを振り返った。
すると、一人の少女が木の上からヒロを見下ろしている。
その少女は着物の袖で顔を隠していた。
「何で顔を隠しているの?」
「ちょっといろいろと……。あなたのためにも」
「いろいろって何? 気になるなあ、すぐに降りてきてよ」
少女はますます顔を隠して降りてこようとしないため、「何にもしないよ。さあおいで」
ヒロはそう言って手を差し伸べる。
やがて少女は観念したのかその手をとり木から降りてきた。
ヒロは急に心臓が高鳴り破裂するのではないかと思うほど脈を打ち、あの唐車の夢を見た時のような衝撃を受ける。
そのとった手は川に流された時の悪夢の中で差し伸べられた、あの白くて細い子どもの手だったのだ。
思わずその手をじっと見つめ、次にその少女の方に顔を向けた。
そしてその降り立った少女の姿に思わず息を呑む。
バミルゴの白い伝統衣装の上に国民の誰もが着ていない袖の広い刺繍の入った白いコートを羽織っており、少し年下に見えるその少女は、白い陶器のような透き通る素肌。
ぷっくりした赤みを帯びた唇に美しい顔、そしてその瞳は深い森のような翠色をしていた。
だが、何よりも目を惹くのは髪色だ。
銀色に光り輝く髪は肩よりも短いショートカットで、その髪色のせいで翠色の瞳が余計に際立って見える。
「君、もしかしてササじゃないよね?」
大真面目な顔でそう言い、その澄んだ青い瞳で見つめてくるヒロに対し、
「えっ、誰それ?」
と少女も少し驚いたようである。
自分でもいきなり何を話しているのかと思ったが、咄嗟にダリルモアから聞いた白い大狼の名前を出してしまった。思い描いていた想像の大狼に、少女がぴったりと合っていた。
「あっそうだよね。山脈にいる大狼なんだ。君の印象にそっくりだったからつい……」
「大狼……。明らかに違うと思うけど……」
そして少女はずっとさっきから握りしめられている手をじっとみつめた。
「あっごめんね。ずっと握りしめちゃった」
ヒロは急に焦り出してその手を離す。
自分でも何の根拠もなく変なことを口走るし、いきなり手は握るし、恥ずかしくて顔が真っ赤になってしまった。
「別にいいけど……ぶっ」
さきほどから真面目な顔したかと思うと焦ったり、赤くなったり、ころころ変わる顔が可笑しくて少女は思わず笑いだした。
「何で笑うの?」
「ごめんなさい。私も失礼よね、笑ってしまって。だって顔がころころ変わるんですもの。しかも大狼って」
少女がその美しい顔で笑うと、ヒロもその笑顔が眩しく、つられて一緒に笑った。
こんなふうに心の底から笑ったのは、本当に久しぶりのことだった。
あの家族がいなくなった日以来、不安と緊張の連続で落ち着かない日々を過ごしてきたからだ。
リヴァはなかなか外から戻ってこない彼女を心配して、迎えに来たのだが、どこからか笑い声が聞こえてきたのに驚き、思わず持っていたお茶を落としそうになった。
彼はここに来てから四年経つが、一度たりとも彼女が笑った声を聞いたことがない。
それはまるで小鳥がさえずるかのような可愛らしい笑い声であり、こんなふうに本来なら笑うのかと思い、そんな彼女が笑っている姿を見てみたいと彼女に近づいていった。
すると見知らぬ少年と笑い合っている。
「シキ……」
少女は名前を呼ばれ、急にその笑っていた顔は笑うのをやめ、ばつが悪そうに目を逸らして下を向いた。
「驚いたな……。君、何処から入って来たの?」
その男は二十代後半の背の高い色男で、バミルゴの伝統衣装ではなく、膝が隠れるほど長い灰色のコートと、同じく灰色のウエストコートとブリーチズ、腰には剣を下げていた。
肩より少し長い黒髪を後ろで一つに纏め、猫のように上がった黒い目でじっとヒロをみつめている。
「野ウサギを追っていたら、森の中で朽ちた扉を見つけたんだ。その抜け穴を通ったら、どうやらこちらの壁側に抜けたみたい」
「もしかして、君はこの国の人ではない? 着ている服はこの国の衣装みたいだけど。あの森の中に入って来るのは、ここの民じゃあ有り得ないから」
「うん。元々山脈の山奥で暮らしていたのだけど、両親と妹弟がいなくなったから、山から下山して一か月間だけ持っていた薬草をこの国で販売する許可をもらったんだよ」
「じゃああなたは、ここより遠い北の山脈からやってきたの?」
少女は国外から来たと知り、その大きな翠色の瞳をさらに見開いて驚いている。
「そうだよ。兄弟と一緒にね」
「他にも兄弟がいるの?」
「ああ、あと二人ね」
リヴァは自分のように、この国の出身ではないという少年を注意深く見ていた。
何とも言えない独特の雰囲気がある少年だ。青い瞳を見ているだけで思わず引き込まれるかのような……。
あの警戒心の強いシキをここまで笑顔にする不思議な力。
「あっ、そろそろ戻らないとあいつらが心配する」
その抜け穴に戻ろうとするヒロを見て、
「君! よかったら明日も来ないか? その兄弟とやらも一緒に」とリヴァは思わず声をかけた。
「えっいいの? また来ても」
「もちろんだとも。よろしいですよね?」
「当り前じゃない。明日絶対に来て! 待っているから。私の名前はシキ。彼はリヴァよ。えっとあなたの名前は?」
「俺はヒロ。絶対に来るね。シキ!」
ヒロは走って抜け穴の方へと向かった。
シキは彼の姿が見えなくなるまで見送っていたが、急に険しい顔つきになる。
「アルギナが国外の者を許可するなんて……」
「明日、彼らが来ればわかると思いますよ。それよりお茶が冷めてしまいましたね。さあ、お体が冷える前に戻りましょう」
そう言いながら、リヴァは彼女に寄り添い塔の中へと入った。
「森の中で銀色の髪の女の子を見た?」
カイは肝心の獲物ではなく、女の子の事を話すヒロに呆れ顔をしながら晩御飯のスープを作っていた。
「金髪の次は銀髪か……」
テルウはぶつぶつ独り言をいいながら明日に備えて、薬草を種類ごとに仕分けしている。
「すっごい綺麗な子なんだ。あんな子はじめて見た! 思わず手を握りしめちゃったもの!」
二人は作業していた手を止め、嘘だろうという顔をしてヒロの顔を見た。
いきなりの初対面で手を握りしめるなんて、普通、相手も不思議に思うはずだ。
しかもそれを恥じらいも無く話してくるなんて。昔からそういう事を気どらずにいうところあるけど。
これは絶対に明日行ってその子をこの目で見てみたい。
「明日は早めに薬草を販売してその子の所へ行こう! なっ、テルウ?」
「うっ、うん。絶対行きたい!」
子どもたちは下山してからいろいろな人との関りによって、少しずつ自分たちの知らなかった一面が見えることを感じていた。
ヒロはこの不安な毎日が、あの少女との出会いでこんなに楽しいものになるとは思ってもみなかった。
あの悪夢の中で差し伸べてくれた手のように、真っ暗だった世界を明るく照らしてくれる光。早く明日になってほしいと、窓から見える三日月をその青い瞳を輝かせて見ていた。
薄暗い塔にある寝室の窓から同じようにシキも三日月を眺めている。
塔の中でも最上階にあるこの寝室は、彼女一人には大きすぎる天蓋付きのベッドが一台置いてあるだけだ。
白くやわらかいワンピース型の寝間着で窓辺にいる彼女にリヴァが声をかけた。
「まだ起きていらしたのですか?」
「明日、彼は来るかしら?」
「きっと来ますよ。兄弟を連れて。さあ明日に備えてベッドに入ってください」
そのままベッドに入ったシキにリヴァはシーツをかけてあげた。明日の事を思って幸せそうに目をつぶる彼女を見ていると胸が苦しくなる。
こんなところで、落ちぶれた自分と二人きりの生活を強いられているのが不憫でならない。
本来なら今日、突如あらわれた少年と同じ年頃の子どもたちと一緒に遊んだり、笑い合ったり、恋をしたり。
そんな当たり前の事が普通に出来ないなんて。
自分もそんなこと許されない子ども時代であったが、だからこそ彼女にだけは少しの間だけでもその幸せを味わって欲しかったのだ。
リヴァはベッドの端に座り、眠りについた彼女の寝顔を憐れみの目でしばらくじっと見続けていた。
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