第11話 嵐が運んできたもの
朝になりジェシーアンはいつもより早く目が覚めた。
ジオは隣で寝ていたが、咳はとりあえず収まったようで、今は呼吸も安定している。
そんな弟の様子にほっと胸をなでおろし、ふと畑の様子が気になり外へ出ると、雨に濡れている畑は、葉が落ちてしまったり茎が折れてしまったりしているものもあったが、力強く元気に作物は育っていた。
あの暴風雨の中、頑張っていた作物の様子に安堵し、川の方へと向かうと、茶色く濁った水がいつもより水嵩を増して流れている。
昨日、彼らが積み上げてくれた土嚢の効果もあり、浸水被害は免れたようだ。
あまり近づくと増水した川に落ちそうなので、ひとまず母屋へと戻ろうとした彼女の目に飛び込んできたのは、川岸に倒れている一人の男の子の姿だった。
すぐさま駆け寄ると、茶色のブリーチズに青色のウエストコートを着ているその男の子はうつ伏せで倒れている。
ヒロやカイと同じ年位で、輝くような短い金髪をしており、端正な顔立ちの男の子であった。
恐る恐るその子に顔を近づけ、彼女の心臓の鼓動がどくどく速くなった時、一瞬男の子は苦しげな表情を見せる。
「よかった生きてる! 待っていて誰か呼んでくるから」
ジェシーアンは両親を呼ぶため急いで母屋へ向かい、ダリルモアとセラは男の子を二人で抱きかかえヒロ達の部屋に運んだ。
「起きてちょうだい! 川岸で倒れていた子なの。この部屋で看病するから、あなたたち今日は薬庫で寝てちょうだい」
寝ていた三人は突如現れた急病人に驚き、その子のために自分たちが寝ていた寝床を片付け、部屋を整え薬庫へと向かう準備をした。
ヒロは抱きかかえられたその子の金髪を見た瞬間、胸になんとも言えない違和感を持つ。
それはまるで、心が削ぎ落とされるかのような気持ち悪さだった。
ジェシーアンが倒れていた男の子の看病をしていると、セラが二人分の薬膳スープを持って入ってきた。
「変わりましょうか? 昨日はジオの看病で、今日はこの子の看病じゃ疲れるでしょう」
「私なら大丈夫よ。母さんこそゆっくり休んでね」
「この子、外傷は見当たらないけど意識が戻らないのよ。身だしなみの整った格好しているから、しかるべき身分の子だと思うのだけど……」
セラが部屋から出ていき、ジェシーアンは男の子の顔をまじまじと見る
顔が整っていて、鼻筋もしっかりと通っている。何といっても目を引くのが、輝くような金髪だ。
テルウも女の子みたいに綺麗な顔立ちをしているが、この男の子はまた違った魅力がある。ジェシーアンの心臓が激しく脈打ち、気持ちが高揚していた時、また苦しそうな表情を見せたため、思わず手を握りしめてしまった。
「大丈夫よ。傍にいるから」
男の手とは思えないほど長くスラっとした細い手は、いつも畑仕事で泥だらけになっている彼女の手とは違い、白くて血管が透けて見えるようだ。
しかるべき身分の子の手というのはあの三人とは違い、かくも美しいものかとジェシーアンはその手を見つめ続けた。
母屋から歩いて十分位の場所にあるこの薬草園で、セラは数多くの希少価値の高い薬草を栽培している。薬草は色とりどりの花を咲かせ、目を楽しませてくれるが、昨日は畑の備えに精一杯で薬草園まで手が回らなかった。しかし、薬草は畑の作物同様、力強く、地に根を張り頑張っていた。
男の子たちは薬草園の復旧作業を行いながらも、やはり倒れていた男の子のことが気になって仕方がない。
「カイ、男の子の顔見た?」
「いや。同年齢位の子で、金髪だったことぐらい。ヒロは?」
彼は立ち尽くして様子がおかしい。顔も薬草をすりつぶす乳鉢のように白くなっている。
「ちょっとお前、どうしたんだよ!」
カイが、彼のもとへ走っていき、おでこに手を当てる。
「気持ちが悪いんだ……。さっきからずっと……」
「熱はないようだから、薬庫に行ってコチョウナメグサを飲むといい。ここは俺たちに任せてそのまま寝ていろよ」
「……うん。そうする」
そのまま弱々しく歩きながら、ヒロは薬庫まで辿り着いた。
薬庫は数多くの小分けされた棚と、大人が二人ほど睡眠をとれるいたって簡素な作りの建物で、子ども三人なら足を延ばして余裕で横になることができる。
コチョウナメグサを棚から出してきて、煎じるために火にかけ、その間に寝床を整え、煎じた薬を飲んで横になった。
二人には言えなかったが、あの男の子が運ばれてきてからずっと不快な感じがする。
理由は定かではないが、薬も飲んだし、明日になればきっと良くなっている。
そう信じて眠ることにした。
薬草園にジェシーアンが夜の食事を届けに来ると、カイは別の場所で作業しているため不在で、テルウしかいなかった。
「男の子はまだ意識が戻らないけど、外傷はないようよ。良くなったら、あなた達と一緒に寝るといいって父さんが言っていたわ」
「ジェシーアン。男の子どんな感じ?」
「べっ、別にどんなって……。母さんの手伝いするから、また明日ね」
急いで母屋に戻ろうとする彼女の予想外の反応を、テルウは敏感に感じ取り、彼女を追いかけ手を引っ張った。
「顔が赤いよ」
「……走って来たからよ。それより母さんが、髪形素敵だって褒めてくれたの」
テルウの大きな茶色の目はジェシーアンを見つめるが、彼女の瞳は真っすぐな目を直視できず横に逸らされた。
テルウはすぐに両手を握りしめ、
「明日の朝、畑行っていい?」と不意に彼女に耳打ちした。
ジェシーアンは思わぬ出来事にテルウの顔を見続ける。
これほど近くで彼の綺麗な顔を見たことはいまだかつてなく、またドキドキと心臓が波打っている。
「ええ……もちろんよ。……当り前じゃない」
「そう、じゃあ明日」
「明日ね……」
ゆっくりとテルウは握りしめていた手を離す。
別れ際、ジェシーアンはもう一度テルウを振り返る。
テルウが見つめるその先には、いつもの強気な女の子ではなく、少し頬を赤らめつつ微笑んだ彼女の姿があった。
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