第9話 耳打ち

 子どもたちは今日も、ジオ以外の四人で畑仕事に励んでいる。

 セラが仕立てたお揃いの紺色の上下の着物で畑の作物を収穫したり、雑草を抜いたりしていると、やがて遠くから馬に跨ったダリルモアの姿が見えた。

 一番先に気付いたヒロが彼の元へ走ったため、他の子どもたちも同じように駆け寄った。


「お帰りなさい。父さん!」

「ただいま。皆大事はないか?」


 ダリルモアはあれから十二年経ち、茶色の髪にもすっかり白髪が混じり初老の域に達している。体力の衰えも感じるようになってきたが、こうして子どもたちが駆け寄ってきてくれると、どの子も愛おしく元気も湧いてくる。


「父さん、旅の話聞かせて! それにしても大きな荷物ね」

 ジェシーアンは通常より大きな荷物に関心を寄せている。

 馬の後ろには購入した生活用品を積んでいたのだが、今回は理由があって大きな荷物となってしまった。

 子どもたちはダリルモアと共に家へと帰り着くや否や、荷の降ろしを手伝い始めた。テルウはその間、馬を厩舎へと引いていく。



 やがて、焼き上げた菓子と淹れたての茶をセラとジェシーアンが居間へと運んできた。ダリルモアの旅路についての話を聞きたい一心で、子どもたちは彼を取り囲むように集まる。


「集落ではお祭りをやっていてね。珍しいものが沢山あったから、皆にお土産を買ってきた」

 そう言い購入した生活用品の袋の中から、探るように手を入れてダリルモアは一人一人にお土産を取り出した。


「これはカイに。古くて申し訳ないけど」

 カイには古くなった兵法の本を手渡した。

「父さんありがとう! ずっと読みたかったんだ」

 カイは普段あまり感情を表には出さないが、よっぽど嬉しかったようで、その茶色の目を輝かせた。


「テルウには頼まれていたもの」

 袋の中から、ジェシーアンがひそかに気にしていた最も大きなお土産がようやく取り出された。それは木製の大きな盾で、中心に薄くなってしまった紋章が描かれている。

 手で持てば、テルウの体を余裕で防御することが出来そうだ。

「あなた、そんなもの欲しかったの?」

 ジェシーアンは目を細めて、喜んでいるテルウにしらけた目を向けている。

「だって、猪に牙で攻撃されそうになったことがあるのだもの。これがあれば次からは……」

 テルウは自主練習をはじめ、盾の使い勝手を試しだす。


「ジオには、馬の人形だよ」

 セラの隣に座っていたジオは嬉しそうに、人形を受け取り、その表情を見てセラがジオを抱きしめる。


「ジェシーアンにはこれだ」

 彼女には今まで見たこともないような、ピンクの布地で出来た、つま先に白いリボンが縫い付けてある靴を贈った。

 ジェシーアンは嬉しさのあまり、思わず靴を抱きしめ、その後ダリルモアにも抱きついた。

「父さんありがとう! こんな素敵な靴、見たことがないわ」

 ダリルモアも、唯一の女の子であるジェシーアンが靴を前にして喜びに満ちた表情を浮かべるのを見て、心底嬉しそうに目尻を下げた。そんな二人をみて男の子たちも顔が綻ぶ。


「最後に、ヒロにはこれ……」

 袋からさまざまな色の糸で撚られた紐を取り出したあと、今度はゆっくりと懐に手を入れ、ダリルモアは指輪を取り出した。


 それは金色の光沢を放ち、縁に四角の模様が連なる指輪である。

 ダリルモアは、先ほど取り出した紐を指輪に通すと、手際よくしっかりと結びつけ、そして、そのままヒロの首にそっとかけたのだ。

「父さん、これは?」

「もうお前も十二歳だ。大事なことを話さないといけない。明日にでもゆっくり話そう」


 実はこの指輪、ヒロの実母を埋葬する際にダリルモアが遺体から外したものである。

 彼が十二歳になった時、すべてを話そうとセラと決めていた。

 ヒロはダリルモアがいつになく真剣な表情を見せたのに驚き、カイはそんな二人の会話を横で聞いていた。

 一方、テルウはその紐を穴が開くほど見つめている。



「集落で集めた情報によると、今はどの国も不安定ながら、比較的平和な状態を維持している。だがこの平時の状態がいつまで続くか……」

 日も陰り、子どもたちはそんなダリルモアの話を聞きながら、晩御飯を食べている


「父さん。南側では小国が数多く存在すると前に話してくれたよね」

「そうだよ、カイ。それぞれ君主が支配し、領地拡大のため他の国を虎視眈々と狙っている。東側は国も数多くあるが、主に豪族や部族が支配しているから、似たようなものかもしれない。北は荒地が続き、冬も極寒だから人が住むことさえ難しい。西には大陸最大の強国があり、もういつどこで戦が起こっても不思議ではないんだ」


 自宅に戻ってきて気が緩んでいるのか、いつもより果実酒がすすむダリルモアにセラがそっと耳打ちし、彼もまたセラに耳打ちし返した。二人は幸せそうに顔を見合わせながら、再び何か小さな声で言葉を交わしては、楽しそうに笑みをこぼしていた。


 何を話しているのか、気になっている子どもたちにダリルモアが優しく言った。

「この猪肉には、北すもものジャムが合うだろうなってセラと話していたんだよ」


 明らかに違うと思うが、ジェシーアンの目が輝き、話に身を乗り出す。

「北すもものジャムって?」

「通常すももは暖かい時期のものだけど、北すももは冬を迎える頃に収穫するんだ。北の一部の地域でしか収穫できない貴重品で料理やお菓子に添えると、絶妙な味を引き出してくれる」

 そんな希少価値の高い食べ物、ジェシーアンも一生に一度は食べてみたいと思い、幻の味に想いを馳せた。


 ダリルモアの話を聞き終え、就寝のため子どもたちは部屋へと戻った。

 男の子たち三人、ジェシーアンとジオ姉弟、ダリルモアとセラがそれぞれの部屋で就寝する。


 部屋でカイはお土産の本を熱心に読みふけり、テルウは家中から掻集めた糸で何やら一生懸命に制作していた。

 二人が相手にしてくれないので、ヒロは一人窓辺から夜空を眺めていた。


 昼間のダリルモアの表情が気になって仕方ない。

 明日、何を話すのだろうか。そしてこの指輪についても。


 ヒロが眺めている空は、雲が西から東にかけていつもより速く流れていた。

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