第8話 山脈の子どもたち
「ヒロ、そっち引っ張ってみて!」
ヒロはカイに言われた通り、川に沈めてあった仕掛けを引っ張ると、中には川魚が八匹ほど入っている。
「カイ凄いよ! 今までのより断然改良されている」
川に仕掛けを沈めて、魚を釣ることは今までも行っていた。餌の入った仕掛けを沈めて、頃合いを見計らって引き上げるものだ。
それでも魚は釣れるが、今回カイはその入口を複数に増やしたものを制作し、これにより通常より大量の魚を釣れるようになった。
「どうやって思いついたの?」
「本を読んでいてだよ。同じ事を何回もやるなら、入口を複数作れば一回で済むのではないかと思ってね」
ヒロは釣った魚を桶に移し、その澄んだ青い瞳で魚を見ながら
「今晩はこの魚で母さんに魚の香草焼きを作ってもらおう!」とカイに言った。
「賛成! 付け合わせは芋と玉ねぎのラニュエル風煮込みがいいな」
カイが仕掛けを片付けながらそう言った時、川の隣にある畑から怒鳴り声が聞こえてきた。
「ちょっと! いつまでさぼっているのよ!」
畑にいるジェシーアンが腰まである長い黒髪をなびかせ、腕組をして二人を見下ろしていた。遊んでいるようにしか見えない二人に向かい、彼女の黒い瞳は目に角を立てている。
「ごめん、ごめん! 今晩のおかずを釣っていたんだ。ジェシーアンも好きだろ? 魚の香草焼き」
ヒロにそう言われて、ジェシーアンはふと心惹かれた。
たしかに大好きだし、付け合わせはラニュエル風煮込みではなく、豆の叩きスープがいい、なんて思ったりもする。
「とにかく昼までに畑の手入れを終わらせないといけないんだから、早くしてよね。ところでもう一人はどこで遊んでいるのよ。まったくもう!」
彼女はぶりぶり怒りながら振り返り、畑へと戻って中断した作業を再開している。
ヒロはカイの方を見て目配せした。
ジェシーアンが怒っている時は、食べ物の話か、容姿を褒め称えれば大抵の事は解決する。とくに食べ物の話は興味を引くらしく、食へのこだわりが伺えるのだ。
ジェシーアンは畑の雑草を額に汗して取り除いていた。
四人で行えば早く済むのに、三人が遊びに興じているため一人で作業しなくてはならない。まったく使い物にならない男どもだと思っていた時、誰かがぴったりと密着してきた。
「何くっついているのよ、テルウ!」
ジェシーアンの強烈な平手が飛んできそうになったので、テルウは素早い反応で後ろにひょいと飛んだ。
相変わらず勘が鋭い!
すると彼はジェシーアンの前に山で積んできたと思われる花をスッと差し出した。
花はこの辺りではあまり見かけない薄ピンク色をした花で、それ以外にも黄色や赤色の花が添えられている。
「薬草を取りに行って見つけたんだ。ジェシーアンにあげようと思って」
テルウは赤茶色の髪を触りながら、茶色の大きな目を輝かせて言った。
テルウはジェシーアンの黒い目よりも大きい目をしていて、女の子みたいな顔をしている。世間では彼みたいな顔立ちを美少年というのかもしれない。
他の二人と違って気が利くし、優しいし、年の近いジェシーアンとは気も合う。
そんな彼から初めて花を貰い、ジェシーアンはどう反応していいかわからなくなってしまった。
「ありがとう……。これ部屋に飾るね」
ジェシーアンが受け取ってくれたので、テルウは嬉しそうな顔をして、ヒロとカイの元へ走り去っていった。
「みんなご飯よ!」
昼時、セラとジオが畑に昼食を運んできた。
焼いたパンに鹿肉の燻製がはさんであり、甘みのある薬草で入れたお茶も添えられている。
すると自然とセラの周りに子どもたちが集まって昼食をとりはじめた。
「テルウ、口の周りにソースがついているよ」
そういってナプキンで口の周りの汚れを拭いてあげると、それが可笑しくてほかの子どもたちが笑う。
いつもの食事時の風景だ。
セラは隣に座っている、ジェシーアンの黒髪に畑仕事でついたと思われる土がついているのを見つけ、
「あなたは私に似て仕事を頑張ってしまう癖があるから。夢中で畑の手入れしてくれたのね」
と彼女の頭の土を払い落としながら、黒髪を手でなでつけた。
「私も、いつか母さんみたいな働き者になれる?」
「今でも十分働き者よ。助かっているもの」
そう言って、セラは彼女の頬に優しくキスをし、ジェシーアンもふくよかな彼女に抱きつき、母娘で頬を寄せ合った。
人生、本当に何が起こるかわからないものである。
十二年前、ダリルモアとセラそしてヒロは、カルオロン兵士から逃げるように、この山脈の奥深くにたどり着いた。
すべて失ったセラであったが、二人はこの地で荒れ地を開墾して畑を設け、山脈の木で家を建設した。
その後、彼らは四人の養子を迎える。
ヒロと同齢のカイ、二人より二歳年下で十歳のテルウ、三歳年下で唯一の女の子九歳のジェシーアン、さらに六歳になるジオ。ジオはジェシーアンの本当の弟だが、生まれつき体が弱い。
彼らはヒロと同じ戦争孤児で、幼い時にダリルモアが連れてきてからずっと兄妹のように生活している。
セラはこうして五人の母となったのである。
ダリルモアとセラは五人に惜しみない愛情を注ぎ、どの子も大切に育てた。
子どもたちもそんな父と母の事が大好きで、本当の家族のように幸せな日々を過ごしている。
最初は木で建設した小さな家が一棟だけであったが、養子が増えるにつれ三部屋増築して家族の憩いの場となった。
ここでの生活は自給自足で、自分たちの食べる分は畑で栽培したものを食べる。
また山は野生鳥獣の宝庫で、猪、鹿、野ウサギ、キジ、鴨などが比較的簡単に手に入るため食材には事欠かない。水は隣を流れている、川幅二十メートル位の川から調達し、時にはカイが行っていたように魚を釣って食べたりもする。
衣類も草木で染めた布をセラがお揃いの着物に仕立てる。
しかしそれだけでは生活用品などが不足するため、徒歩で十分程の場所に薬草園と薬庫を作り、そこで育てた希少価値の高い薬草を年に数回ダリルモアが集落へと行商に行く。行商により得た利益で生活用品等を購入してくるのだ。
カルオロンがある北側には危険も伴うため、南側の限られた集落での行商が主で、ダリルモアは今ちょうど行商に行っているため不在である。
セラと五人の子どもたちはダリルモアが行商から帰ってくる日を心待ちにしていた。
セラ達が楽しく笑い合って食事しているのを、木の上で一羽の烏が見ている。
烏は時折、首をかしげる仕草をしながら、そのガラス玉のようなつぶらな目は確実に彼らを捉えていた。
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