「銀河英雄伝説1 黎明篇」を読む

 アマゾンのプライム・リーディングに、ライトスタッフ版の黎明篇れいめいへんがあったので再読した。要はただで読めたということだ。


 銀英伝は全十巻で、黎明篇はその最初の巻。

 読み返してみるとその無駄のなさに改めておどろかされる。

 アムリッツァ会戦までを三百ページにまとめる田中芳樹さんの力量には、舌を巻くばかりである。

 並みの職業作家ならば、倍のページは必要なのではないか。

 とくに、ヤン・ウェンリーによるイゼルローン奪取が白眉。無駄が一切ない。


 不要な表現がない。比喩と景色の描写が短いうえに適切。

 四十年前に書かれた文章とは思えない。

 その端正な文章と中国文学への親しみは、中島なかじまあつしを連想させる。

 歴史を語る文章としては、しおななさんの次に好きな作家である。

 以下は雑感。


〇No.2432/4398

素直に喜んでもいいと思うけどなあ


 黎明篇に感嘆の意を表す終助詞「なあ」は三回でてくるが、作品中にくだけた表現が少ないので、とても目立つ。

 個人的な趣味をいえば、「なあ」のように母音が重なる言葉は嫌い。


〇No.3297/4398

 言いさしてヤンはふたたび沈黙しかけたが、

「私は権力や武力を軽蔑しているわけではないのです。(中略)。そして自分は変わらないという自信をもてないのです」

「きみはほとんどと言った。そのとおりだ。全部の人間が変わるわけではない」


 ヤンの会話文は後半の地の文が省略されているが、これはオーソドックスな手法なのか。私は使ったことがない。


〇No.3310/4398

 ラインハルトの前には、彼の元帥府に所属する若い提督たちが居並んでいた。

 キルヒアイス、ミッターマイヤー、ロイエンタール、ビッテンフェルト、ルッツ、ワーレン、ケンプ、そしてオーベールシュタイン。


 ミッターマイヤー、ロイエンタール、ルッツ、ワーレンは、ここが初出である。

 正体不明の人物名の羅列は良くないとされているが、あまり気にならない。

 また、銀英伝は銀河系の歴史の叙述から物語をはじめており、これも忌諱きいされる手法だが、すんなりと作中世界に入っていける。

 しろうとがまねをすれば、だれも読まない作品ができてしまうが、先に先へと読ませる力の強さが、悪手を強引にねじ伏せている。

 しろうとは守らなければならない文章作法に対して、それを外して書いても破綻しないのが、職業作家なのだろう。

 銀英伝はレベルが高すぎて、しろうとの手本にならない部分がある。

 作法から外れて文章を書く。文章から無駄を削ぎ落す。

 このふたつは、しろうとにはむずかしい。

 

〇No.2169/4398

恒久平和なんて人類の歴史上なかった。だから私はそんなものをのぞみはしない。だが何十年かの平和でゆたかな時代は存在できた。


 シトレ元帥から寡兵でのイゼルローン要塞奪取を要請された際、ヤン・ウェンリーが断らなかった理由だが、完全に裏目に出てしまったのが苦笑と悲哀を誘う。

 要塞の奪取はヤンの望んだ共存ではなく、帝国への侵攻を誘発した。

 しかし、当時三十歳の田中さんは、どこまで考えて黎明篇を書いたのだろうか。おそろしい。

 タナカ・ザ・マジシャン。


〇No.3979/4398

キルヒアイス提督でも誰でもよろしいが、ビッテンフェルト提督を援護させるべきです。

 アムリッツァ会戦で戦死しかねなかったビッテンフェルトを、オーベールシュタインが救っているのがおもしろい。

 二人ののちの関係性を例えるなら、福島正則と石田三成か。


 銀英伝は、猛将ビッテンフェルトの猪突という物理的な力で、銀河の歴史が強引に変更させられた感じがしておもしろい。

 犬猿の仲であるオーベールシュタインの意見でも、正しいと思えば素直に同意する。ただの猪として書かれていない。

 ビッテンフェルトのすごさは敵にならないとわからないので、すこしかわいそうなキャラクターである。

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