21話-秘匿【ホクシン・カナタの場合】-

◆   ◆   ◆


 チェルージュへと向かう前日。


 私は後部座席にカナタを乗せて、車でとある場所へと向かっていた。



「朝の情報番組のお仕事って聞いてましたけど……別にいいんですけど、なんで今日の夜連れて行ってくれるんですか?」

 バックミラーに、カナタの興味津々で問いかける子犬のような表情が映る。



「場所に着いてからのお楽しみよ。まあ、私も最近知った場所なんだけどね」



 少し遠出になるんだけどね、と、最初に忠告をしておきながら、夕闇の中で少しずつ他の車も少なくなってきている車道を一直線に走る。



 山頂近くまで到達したところで、私は車を止め、カナタを外へと連れて行った。

 日頃のレッスンのたまものか、完全には舗装されていない山道の上り坂を息切れ一つせずに登り切り、山頂にたどり着いたカナタに、私はそこから見える景色を首だけで合図した。



「わぁ……!!」



 ライトアップしたイルミネーションによって色とりどりの光に包まれた、噴水の目立つ公園だった。



 戦死者の遺族や、傷痍軍人のコミュニティが戦争の犠牲者の追悼と、戦後の復興を祈って作った、自然公園だった。

 とある時刻に、色とりどりのイルミネーションがライトアップされる。

 時刻は20時42分。この都市が、チェルージュ軍の弾道ミサイルによって数千人の犠牲者を出した時刻と同じだった。



「すごいすごーい!!! お花畑みたいです!!!」

「ふふっ、今思ったことを大事にしなさい。実際にレポートするときのコメントに使えるかもしれないからね。当日、私はその場に行けないわけだしね」

 日頃ライブで色々な所へ行き慣れているから、もう半端な観光スポットでは満足してくれないかと思っていたが、彼女は出会った頃と少しも変わっていない笑顔を見せてくれた。


 そう、ファーストシングルのチラシ売りの際、表裏の一切ない笑みを浮かべて群衆の前で歌ってた時と同じ。

 こちらへの忖度などでは一切ない、心からの笑みだった。


 私がこの場所をカナタに見せたいと考えたのは、二つの理由がある。

 一つは、単なるロケハン。

 彼女がワイドショー番組でレポートすることになっている景色の美しいスポット、その実際の景色を事前にカナタに見せておく必要があった。



 ただ、今回は少し事情が違った。

 景色を見せるだけならば、わざわざこの時間を選ぶ必要はない。

 そもそも彼女がレポートを担当するワイドショー番組の放送時間は朝だし、ライトアップの時間からはずれている。

 もう一つの理由。

 戦争を知らない世代の彼女に、未来の櫻宗にまで受け継いでほしい景色を魅せたかったからだった。



 空襲で犠牲となった人たちを悼むために作られたこの場所は、二十年前の戦争で甚大な被害を受けた我が国の復興の象徴でもあった。

 オーディションのあの日以来、私の前で底抜けに明るく前だけを見て突き進むホクシン・カナタの存在は、この光景の擬人化ではないかとすら思えたのだ。


 だが、しかし、それでも。


 彼女が今知った、この景色の存在は、私に裏切られた後も事実として残り続ける。

 この美しい景色は、これからも彼女の癒しになり続ける。


 自己満足でしかないが、これこそがカナタにできる数少ない罪滅ぼしだった。


 スパイであり、国家の人形である私がたった一度、美しい景色をみせたところで、信じていた少女の元を別れも告げずに立ち去る罪が消えるわけはない。

 しかし、たった一度の裏切りに合ったところで、世の中にはこの場所のような美しい景色がある。自然がある。文化がある。

 その世界の美しさを、カナタには裏切られた悲しみを癒す鍵としてほしかった。


「どう思った?」


「えっと、えっと!! 言葉で表したいのに、色んな気持ちがどんどん頭に浮かんじゃって……もーとにかく、一言では言い表せられないです!!」


「うん、色んな言葉が頭の中に浮かんでると思うけど……それじゃあまず、その中で一番強く思っていることを言ってみて」

「えっと、えぇーっと……!!!」

 私のこの質問は、表向きはワイドショー番組の本番で使うコメントを考えさせるため。

 本当のところは、彼女の今の心境から、私が彼女たちの元から去っても大丈夫かを分析しておきたかった。


「いつかカナエさんと、この最高の景色、また観に行きたいです!!」


 屈託のない、向日葵のような笑顔で、笑いかけてくるカナタ。


「だって、【やりたいこと】に向かって全力で頑張るカナエさんを見て、私も【やりたいこと】に向かってもっともーっと頑張りたいって思えたから!」

 いつも通り。

 いつも通りの、全く裏表のない言葉。

 裏表がないながら、【今その瞬間】を見ていたデビュー当初より着実に進歩している、【彼女にとって地続きの将来】を見据えた言葉。



 それに対して、私は。



「……私とって、それじゃファンに失礼よ、カナタ」

「あっ……そっそうか!! ファン向けのコメントでしたね! ごめんなさい!!」

「……もう」



 ―――行けないの。

 ―――私は貴方と行けないのよ、カナタ。



 笑顔で答える途中、脳内で、もう一人の私がはっきりと声に出して告げたような気がした。

 もう少し気を抜いていたら、実際に声として出ていたのかもしれない。


 美しい景色を前にして、私のことを考えるホクシン・カナタ。

 チェルージュでの【歌声】の調査が終わり、私が【霧】のスパイに戻るために彼女たちの元を去ったら、彼女の心はどうなるのだろうか。

 どうやら私は、プロデューサーを演じるにあたってアイドルとの距離感を測り損ねたのかもしれない。

 

 

 ただ間違いないのは、セツナ、そしてカナタにとって、私が本物のプロデューサーであればどれだけよかったであろう、ということだ。

 恐らくは、私自身にとっても。

 そう考えている間にも、チェルージュ国への渡航予定日は、刻一刻と迫っていた。

 スパイとしての脳内時計が、私にプロデュース活動の継続を許さなかったのだ。


 カナタとセツナとの別れの時間も、刻一刻と迫っていた。

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