12話-談合-
一週間後。
私は、レストランに招待された。
チェルージュ国人の経営する、丸型テーブルが特徴的な東洋料理店だった。
「我が国のアイドル事業は基本的に、二人で運営していました。ボクと、今回捕まったあのバカとで」
そこに私が護衛兼監視として派遣されたんだけどね、と付け加えるカトリーヌ。
「あのバカがくっだらない真似をしたせいで、今回片方のステージが無くなってしまった」
口調には明らかに軽蔑の色が見て取れた。
どこの国でもバカを抱えて苦労するのは同じらしい。
「貴重な海外市場の一つゆえ、残ったもう一つのライブハウスまで放棄するわけにもいかない。そこで我々は、今回あなた方と共同事業をすることになったわけです。時期的にも、この共同事業はいい宣伝になり、ある程度の需要を生み出すことになるはずです」
時期的にも、という言葉に、思わず私は反応した。
明らかに、櫻宗国内で国交回復路線が世論を席巻しつつある情勢を呼んでの言葉だった。
雪解けムードの中で、我々のアイドル・プロジェクトを介して、二国家は更なる融和へと向かう。
なるほど、感動的なシナリオじゃないか。
【歌声】の開発から目を逸らすためのカモフラージュにはもってこいだ。
「お話の概要は大体わかりました。それにしても、前から疑問だったんですよね」
あっけらかんとした口調で、私は喋り出した。
今度はこちらから質問をしかけ、相手の思惑を測りたかった。
ギリギリ視界の脇に映るカトリーヌ嬢がこちらを注視するのが見えたが、構わずに続ける。
「チェルージュと言えば、戦争帰りの軍人将校が牛耳っているお堅い独裁国家。経済市場はおろか、個人の財産所有すらも厳しく制限されている。そんな人間がこの島では、積極的にアイドル事業を維持しようとしている」
「ちょっと踏み込み過ぎじゃなくて?」
「まぁ落ち着きなよカティ」
睨まれたような気がしたが、動じずにまくし立てた。
「我々の国家は、確かに経済活動を厳しく制限している。それはご存じですね?」
ミシェルの問いに、私は首肯で返した。
「このソラン島が、つい百年前までわずかな島民しかいない過疎地域だったことはご存じですね?」
私はその言葉にも自然に頷いた。
今でこそソラン島は、自治権によって大きく発展した国際都市だ。
しかし、この島が村ではなく町として発展したのは百年前。櫻宗国六千年の歴史に比すれば六十分の一の歴史しかない。
「ほんの三十年前には、流行り病に侵された大陸の人々を隔離する地域にも指定されていたそうではないですか」
別にスパイでなくとも、図書館で歴史を少し調べれば理解できるこの島の歴史。
この発言だけでは、ミシェルが何を語ろうとしているのか計りかねた。
「しかし、どうですか? この発展ぶり。街を行きかうのは、我々東洋から西洋まで、様々な人種ときたものだ。現代の資本主義社会の成長モデルの一つと言ってもいい。恐らく経済発展について最も知識を得られる場所の一つだ」
「同時にこの島は、世界の変化を最も体現している場所の一つと言っていい。交通、通信技術の発展によって、世界各国は国際化の道をたどりつつあります。様々な人種の人々が行きかうソラン島は、それを象徴する場所なんです。そして」
今その変化の中心に位置しているものがある。何かわかりますね?
その問いに、私は無言で答えた。
言葉を介さずとも、机に置かれたアイドルのプロマイドが答えだった。
「我々の国は軍事独裁国家だ。しかし、国自体が変化せずとも、世界における国の位置づけは、少しずつとはいえ日進月歩で確実に変化している。国家がいつまでも今の立ち位置を維持し続けるためには、永続的に体制を維持することのみならず、世界の潮流を読み、敢えてそれに合わせることも重要なのです」
「私は、あなた方となら実りのあるアイドル事業を開くことができると信じてますよ」
二国家間の友情を謳う言葉。
私はその言葉を、言外に具体的なビジネス内容についての説明を促されていると受け取った。
「衣装提供、コラボグッズ製造、PV撮影所の提供。両国家のアイドルのCDの販売権と、ライブハウス借用権。これだけで、櫻宗、チェルージュ、共に莫大な収支が期待できます」
感情の見えない女ではあったが、収支に関する理解は確かのようだ。
「ですがまず我々が今武器及び財産としているのはアイドルだ。お互いが共同事業に値するかどうかは、それぞれがプロデュースするアイドルのクオリティによる、とは思いませんか?」
私はそれを、【ロングデイズジャーニー】ならチェルージュとの提携を任せられる、という合格通知として受け取った。
「ではでは、早速合同事業に関する話し合いに……!」
「ただ」
人差し指を立てて、私の話を制止するミシェル。
「あなた方の抱えているアイドルが、こちら側の求めているレベルに適合していなければ、とてもパートナーは任せられない」
どこまでも慎重な女性だ。
強引に取引を成立させようとも思っていたが、チェルージュの経済顧問はその手に応じるほど浅はかな人間ではなかったらしい。
「まずはお互いに見せあいませんか? 互いのアイドルのポテンシャルを」
◆ ◆ ◆
「次のライブの日程が決まったよ、アルルカ」
「はい、ありがとうございます……ミシェル様」
微妙な変化ではあるが、彼女の表情からは緊張が一気に弛緩したのが見て取れた。
周りからは機械人形のように思われることも多い彼女だが、ボクにはわかる。
時折忘れてしまいそうになるが、彼女もまた、感情を持った人間なのだと。
ボクがアルルカと会話しているときの表情について、カトリーヌにからかわれることが何度かある。
高官ともあろうものが、年頃の妹を持つ姉のような表情を浮かべちゃって、と。
自分の表情は自分では見えないため、自分がどのような顔をしているかはわからない。
しかし、カトリーヌや他の高官たちと話すときと、彼女―――アルルカと話すときとは、表情が弛緩しているのが自分でも分かった。
少し、他の仕事仲間とは少し違う関係ではあることに、ボクらは少し無自覚なのかもしれない。
―――トクン。トクン。
再び彼女の歌が聞けると知って、胸の中でどこか違和感のようなものを感じていた。
あくまで彼女は、チェルージュという国を宣伝するための広告に過ぎない。
そう思っていた、はずだった。
今では何か、遠い記憶を掘り起こされたかのような錯覚を覚える。
彼女の歌声に。
■ ■ ■
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