11話-邂逅-
そうとだけ言うと、ミシェルはその場から去っていった。
実質私は、こちらに敵意を向ける元敵国人と同じ部屋に二人きりとなった。
数秒の間、その場を沈黙が支配する。
こちらから何か質問しようか、と考えたその時。
「アタシは」
言うが早いか、いきなり腰に提げていた刀を抜いた。
刀身が片側にしかないことから言って、チェルージュで基本的に使用される剣とは異なる。
チェルージュにとっての仮想敵国のはずの、櫻宗国の伝統的な武器だった。
妙な武器だ、と内心で訝る。
休戦状態という名の情報戦を繰り広げるこの時代、いつどこにスパイが潜んでいるかわからない状況では遠距離からでも相手を仕留められる銃器が基本武器となる。
リーチから言っても、刀をメイン武器とするのは圧倒的に不利だ。まして目立たないままに相手を攻撃できるスパイ相手では。
余程に、剣術の腕に自信のある人間なのだろうか。
「ミシェルの仲間というわけじゃないわ。ただ、要人の警護と監視、その両方を果たすために来ただけでね」
この女性自体がアイドルでも違和感がない、というレベルの美貌だ。
時としてスパイは政府高官相手に美貌や扇情的な肢体を武器として使うことがあるが、彼女の場合は違う。
また呼吸による内功で理解したが、扇情を煽るだけでなく、まっとうな武術を使うために鍛え上げられた肉体でもある。
私もスパイとして空手や合気道などの武術を学んできたが、それでも素手で彼女を倒すのは至難の業だろう。
「ま、要するに余計な事した人間を消すのが目的なんだけどね」
彼女がそう言うと、途端に目の前の丸太が斜めの切り口を見せながら一刀両断された。
居合切りだった。
スパイとして様々な武術によて戦う工作員と戦を交えてきたが、彼女は今まであった中でも有数の使い手であることは間違いなかった。
武術と美貌、その独立した二つの個性を武器として使いこなしていることが見て取れた。
「今回のミシェルからの助け舟に応じてくれたことはありがたいわ。でも余計なことを詮索すると」
語りながら、もう一閃。
「首の一本くらいは、置いていくことになると思っておいてほしいのよね」
丸太が、再び切り落とされた。
その時私は、彼女の言葉が単なる牽制以上の何かである可能性を思索していた。
我々の素性を見抜いていて、いきなり斬りつけてくる可能性もあった。
それらの可能性を考慮した上で、私のとるべき行動は決まった。
「そういうの、通用しないですよ」
真正面から、堂々と口にした。
少女の頃に死にかけた―――それも炎に焼かれて、もだえ苦しみながら死ぬところだった私は、死が突然、理不尽に訪れることを理解している。
だからこそ、自分の置かれている状況が死に面しているか、ということも、ある程度は直観で理解できる。
今のこの状況では、私は死なない。
彼女は私を、少なくとも今は、試しているだけだ。
「世界各国から人が集まるこのソラン島で、ビジネスマンが消息を絶つだなんて大事件でしょう。ビジネスの機会を失う状況下で更に櫻宗人相手に面倒事を起こそうとするなんて、まともな士官のやることじゃない」
尤も、目の前の女性士官が本当にまともじゃない可能性も捨てきれなかったが、経験上まともじゃない人間は最初から威圧的に振舞ったりはしない。口より先に手が出るからだ。今この私の状況で言えば、ロビーでミシェルと共に私に会った時から。
「私に私刑を下すのであれば、それ相応の理由を見つけ出してからにしていただきたいですね」
「見どころのある娘ね、あなた。気に入ったわ」
家族に優しい姉のような微笑みを見せると、彼女は自然な仕草で、刀を鞘に戻した。
「見ての通りミシェルはまだ若いから、提案があればどんどん言ってあげて」
直後、私は彼女の小声の帰っていいわよ、という言葉に促され、部屋を出た。
無表情で部屋を出た私とすれ違ったミシェルが、「久々の合格者か」と呟いたのが聞こえた。
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