13話-舞台-
アイドル世界大戦時代、と言われて久しい現代だが、アイドルのライブ出演は基本私のようなプロデューサーか、プロモーターがスポンサーや運営と話し合って決める場合が多い。
しかし終戦後のアイドル黎明期、主にインディーズのアイドルたちが劇場やイベント会場で自分たちのライブを行うために、客席の管理人やプロモーターの前で疑似ライブを行う、という形式で交渉を行う例が各国であったと言われている。
落語家(櫻宗国の伝統的なコメディアンのこと)は師匠が認めるまで噺を客前で披露できないが、落語家をアイドルに、師匠を管理人らに見立てたのがこの疑似ライブ、というわけだ。
管理人が不当な贔屓を行うのを理由に徐々にプロデューサーが仲介者となる現在の形式になったと言われているが、アイドル黎明期から1世代の隔絶があるこの時代において、ミシェルはある種時代遅れともいえる疑似ライブを、櫻宗の我々に提案してきた。
「というわけで、二人には明日から、櫻宗国とチェルージュ合同の疑似ライブで、一曲披露してもらうからね」
「このライブで認めてもらえれば、二国家間のアイドルで合同ライブが開催される。成功すれば海外の人たちにも、【ロングデイズジャーニー】の魅力を知ってもらえると思うわ」
「正直、ちょっと怖いです……今は戦争こそしてないですけど、あの国ってなんというか、独裁国家ですよね?」
「だけど、何も昔から独裁国家だったわけじゃない。かつてのチェルージュは、美しい自然と文化で知られていたのよ」
しらじらしい。
笑顔でセツナの言葉に応じながら、心中で自嘲した。
現に櫻宗が【歌声】の脅威に晒されているかもしれない状況下で、セツナの反応は何も間違っているわけではない。
彼女のように反応する人間が多いからこそ、私がチェルージュ国の人間相手に工作活動を行っているのだ。
今更我々のような大人が、このような綺麗事を言ったところで、ちょっと賢い子供であればそれがただの欺瞞であるということは―――
「でもうれしいです!」
場違いな凛とした声が、ホテルの廊下に響いたのはその時だった。
「今私たちは、櫻宗の人が誰もまだ来たことがない場所で歌おうとしてるんですよ! この場所で歌う最初の櫻宗人になれる、こんなスゴイことないじゃないですか!」
セツナが一瞬だけ固まった後、カナタと同じように笑った。
ホクシン・カナタという少女は、やりたいことへとむけて全力で活動している。
それはつい二十年前まで敵国人だった連中の前で、歌姫としての自分を演じ切ろうとしているセツナにとっても同じだ。
そう考えたとき、ふと脳裏にある思いが浮かんだ。
死後の世界が仮にあるとして、おそらく私は死後天国へはいけないのだろう。
未来へ向けて全力で歩いている彼女を、自分たちの諜報活動に利用しようとしているのだから。
この潜伏活動以外に担当しているスパイとしての任務も多々ある以上、潜伏任務が終われば、私はアイドルプロデューサーとしての顔を捨て、彼女たちの元から去らなければならない。
彼女たちのアイドル活動は、私のそれなりに精力的な活動あってのものだ。
つまり私が去ることで、彼女たちがアイドル活動を持続できなくなる確率は非常に高い。
彼女たちのアイドル人生は、一年強にして早々に瓦解する運命にあるのだ。
■ ■ ■
疑似ライブは、ホテル【迎春閣】のコンサートホールを会場として開かれることになった。
あくまで疑似ライブなので、一般の観客に開かれたライブではない。
スタッフと我々、つまり企画側のみが、聴衆ということになる。
ステージ裏で裏方に混ざってスケジュールの最終調整を行っている我々は、それでも一切の手を抜こうとしなかった。
むしろ、国家事業が関わっている以上、普通に観客を相手にしているイベントよりも本気だったかもしれない。
本来我々がチェルージュ側に共同事業を認めさせるのが目的なので、パフォーマンスを披露するのは【ロングデイズジャーニー】の二人だけでいいはずだった。
しかし当日になってミシェルが言うには、自分たちの側のアイドルも、パフォーマンスを披露する、という。
多分、昨日の談合にもいたあの銀髪の豪奢な女性こそが、そのアイドルなのだろう。
恐らくは、あのアイドルのパフォーマンスこそが、【ロングデイズジャーニー】がチェルージュ側のお眼鏡に叶うか否かの基準となる。
それを聞いた時点では、ミシェルがカナタとセツナを試すだけでなく、我々もチェルージュ国のアイドルを試すつもりでステージに向き合う心構えでいた。
あちら側のアイドルのパフォーマンスが見れたものでなければ、交渉を白紙に戻し、別の方法でチェルージュ国に接触する選択肢も考慮していた。
しかし。
通路を歩きだしたチェルージュ国側のアイドルを見て、その想定は完全に無意味なものと化した。
大雪原を思わせる純白の衣装に身を包んだ、周囲の空間を効率化せるようなオーラをまとった女性。
ドゥミたちを初対面したときは存在感を消していたようだが、アイドルとしての衣装とメイクを身に着けた彼女の姿は、確実に他国のアイドルと比較してもそん色のない風貌を持ち合わせている、といえた。
改めて彼女―――チェルージュ国のアイドル、アルルカの相貌を見やる。
古代の彫像を思わせる、完璧なビジュアルだった。
周囲の物体や人間すべてが、彼女の引き立て役として存在しているかのようだった。
「彼女の名前はアルルカ。チェルージュ国に忠誠を誓う歌姫です」
通路の中心に立つ彼女―――アルルカを、側に寄って紹介するミシェル。
正直、並んで立っていると、どちらがどちらに雇われているのかを忘れかけた。
歌姫の方には、プリンセスというイメージの我が国のアイドルに対して、クイーンの風格があったのだ。
疑似ライブは、まず最初に、彼女の方からパフォーマンスを披露することになった。
一切の無駄な装飾を廃した、中心となる彼女以外には何も存在しない舞台世界。
だからこそ、演者は外的要素に左右されない素の実力を聴衆に判定されることになる。
そこで彼女は、チェルージュの美しき自然に暮らす若者の悲しき恋をテーマとする、チェルージュに古くから伝わる民謡を歌った。
いい歌だ。
いいアイドルだ。
気が付いたら私は、素直にそう思っていた。
歌詞もメロディも単調なはずのその民謡が、彼女の歌唱力によって現代の若者を歌うかのような恋歌へと生まれ変わっていた。
ハイレベルなパフォーマンスを前にして、自分のアイドルが同レベルのプロデュースを求められている状況なので、本来は焦るべき状況なのだが。
荘厳なメロディの中で紡がれるどこか繊細さを秘めた彼女の歌声は、さながら映画の中で幸せを求めて歌うヒロインのようでもあった。
国粋主義的な歌を歌う作り笑顔の女性が出てくるのかと通ったら、チェルージュ国にもこんなにのびのびと表現をするパフォーマーがいたことに対する驚きもあった。
―トクン。
―トクン。
黙っていないと気づかないレベルだったが、胸の中であの鼓動が聞こえたような気がした。
彼女がチェルージュ国の生まれでなければ、大ヒットを連発する世界的人気歌手になっていたかもしれない。
尤も、彼女をここまでの歌手にプロデュースしたのは、紛れもなくチェルージュ国の手腕なのだが。
正直ソラン島内だけでも大々的に広告やテレビで宣伝すれば、チェルージュの劇場では毎日人だかりができていると思うのだが、そこは社会主義政権の枷があるのだろう。
ただ一つ言えるのは、チェルージュ国は世界に通用するアイドルを保有している、ということだった。
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