7話-遠征-

 オーディションの合格発表から三か月後。


 デビューライブは、都内の二百人程度のキャパを持つライブステージを貸し切って行うことになった。。




 【ロングデイズ・ジャーニー】のデビューライブは地下劇場の一ステージを借りた小規模なイベントではあったが、これが想像以上に盛り上がった。




 ライブはそれぞれのソロ曲と、ユニット曲を交互に披露することになった。


 それぞれのソロ曲のパートでは、ダンスの得意なカナタが動きの多いアップテンポな曲でまず空気をはじけさせる。


 そして会場が温まってきてから、セツナがオフ時とは別人かと見まごうような令嬢然としたメイクと衣装で、緩やかで荘厳なバラードを完璧な声量で歌い上げ、観客を魅了させた。 




 だが、このライブで真に彼女たちが真価を発揮させたのはユニット曲だった。






 活発さとあどけなさを兼ね合わせた、カナタのダンス。


 年齢の割に人生経験の深そうなセツナの歌声。


 性格は真逆の二人だが、うまく互いの活力によって互いに足りないところを補い合っていた。


 【光】としてのカナタに対する、【影】としてのセツナ。




 ダンスの得意なカナタの躍動感のある動きと、歌唱力の高いセツナの聴くものに魔法をかけるような美声が見事な調和を生み出し、異文化の中の祝祭を思わせるような熱気で会場を包み込んだ。




 この場で見る二人は、それ以前のどの日に見た彼女たちよりも印象的に映った。




 そう。




 今の彼女たちは、完璧な囮だ。




 ここまで完成されたパフォーマンスを披露できれば、チェルージュとの共同事業への足掛かりとして利用できる。




 彼女たちにとってのアイドルとしての第一歩のその夜に、私は彼女たちを、相手側を引き付けるための道具として扱うことを考えていた。


 そのはずだった。




 ―――トクン。トクン。トクン。




 そ・れ・はオーディション会場で経験したそれよりも、よりはっきりと聞こえた。




 胸の中に、何か得体のしれない違和感のようなものを感じた。


 果実の種を誤って飲み込んでしまった時、水なしで錠剤をのんだ時のような、体内で何かが引っかかるような違和感だった。




「お疲れ様」




 アンコールまで歌い上げた二人を、私は笑顔で迎え入れた。




「最高のライブだったわ」




 自分で言ったその言葉に、私は自分で逡巡していた。


 歌も踊りも、工作活動のための道具に過ぎない。


 でも、ならばこの心臓の中の違和感は何なんだろうか?


 感動、していたのだろうか。




「【心から】喜んでくれるなんて、うれしいです!」




 そうカナタにいわれて、心中で即座に、その違和感は気のせいだと切り捨てた。


 当然だろう。


 私が前々から考えているように、アイドルのパフォーマンスなどすべては資本主義のためのかりそめでしかない。


 そして彼女たちのアイドル活動自体も、隣国・チェルージュの陰謀を暴くための囮にすぎない。




 囮の操り手である私が、囮に感動する資格などないのだ。




■   ■   ■




 さて。


 他国への工作活動というものは、時折とんでもなく長いスパンで行われることがある。


 それこそ半世紀近く、他国で暮らしつつ工作を続けたスパイも【霧】にはいるらしい。


 大量破壊兵器が使われるか使われないかという段階でこのような長期的なスパイ計画を練るのはやや悠長にも見えるが、政治力学的に考えても緊急事態だからだからいきなり計画を実行、という話にはなりえない。必ず年単位で、計画は遂行される。




 そんなわけで、スパイ活動の一環としてアイドル事務所に潜伏してから凡そ一年が経過した。






 ある日私は、ここぞとばかりにその日社長にあるプロジェクトを持ち掛けた。




「ソラン島に、拠点を置きましょう。アイドル事業においては間違いなくベストスポットですよ」




 ソラン島。


 我が櫻宗国とチェルージュ国に隣接した、大陸を扇形に切り取った海にある島の名前だ。




 この場所は表面上は櫻宗国の領土ということになっているが、厳密には特別行政区であり、その実態は実質的な独立国だ。


 島民たちが櫻宗国とは異なる宗教で構成されている上に、かつて海外領だったこともある島なので、他の櫻宗領の島とは違って非常にグローバルな人種・民族構成になっている。


「確かにソラン島には、俺が独立前に知り合ったアイドル事業の関係者が何人かいる。しかしあそこで事業をやる場合、想定される客層も、ライバルとなる同業連中も外国人ばかりだ。国内で同じ文化の櫻宗人を相手にするのとはわけが違うぞ」


 私が計画を語ったとき、ニイヌマ社長に、そのように釘を刺された。


 しかしその言葉を聞いた時、私の中に浮かんだのは不安ではなく確信であった。


 櫻宗国の人間の拠点となった場所であれば、同等の距離の場所に存在するチェルージュ国にも拠点があるはず、という確信だった。




 競争と隣り合わせの人間社会の例に漏れず、アイドルの世界にも競争システムがいくつか構築されている。


 このソラン島にも、母国でのアイドルとしての人気に合わせて、ライブ開催を許されるステージも変化する。


 則ち、他国と関係を持つほどのコンテンツ力を持つアイドルが必要だった。




 だからこそ私は、一年前に選んだと共にこの島にやってきたのだ。




「楽しみですね、プロデューサーさん!」


「……熱いよぅ……トカゲチョコアイス食べたい……」


 元気はつらつな女子と、到着早々心が折れそうな女性。


 この二人のアイドルだった。


 ライブステージよりも熱い熱気と、照明よりも眩しい太陽の光の下、私たちは歩き出した。

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