6話-アイドルについて【ムヅラバサミ・セツナの場合】-

 別の日、私は映画館にいた。


 映画宣伝イベントに二人を出演させるための打ち合わせを映画館のスタッフと行うため、プロデューサーとしてその場に来ていたのだ。


 今回は打ち合わせのみのため、カナタとセツナは同行していない。




 この日向かった映画館は、ロビー内にオフィスの入り口がある形式の映画館であり、館を出入りする時は嫌でも観客たちとすれ違うことになる。


 その日も当然のように私は群衆とすれ違ったが、そのうちの一人にあまりにも個性的な風貌の女性がいた。


 瓶底メガネにに野球帽にマスク。


 すぐに変装だ、と気付いた。


 本人は変装に変装を重ねたつもりだろうが、【霧】の私としては正体を見抜くくらいどうということはない。


 というかアイテムのチョイスとしてベタすぎて、かえって変装と気付き安すぎる格好だったし、スパイでなくとも勘のいい人間だったら見抜ける粗さだった。




「……何してるの? セツナ」


「ううぅ……なんでバレたんでしょうか……?」




 気配を消して一般人に成りすますのがオフの日のアイドルのセオリーとはいえ、そこまで独特なセンスの一般人になれとは誰も言っていない。


近寄りがたい雰囲気を出しているからある意味で人避けには成功していたが。




 ロビー脇に設置されたテーブルで、しばらく私はセツナと話すことになった。


 なんでも彼女は今日、著名な女子アイドルのドキュメンタリー映画があるから、という理由で、遠い下宿先から電車を何本も乗り継いでこの場に来たらしい。


 別にカジュアルなアウターの服でもいいじゃない、と私が訪ねると、彼女は白状するかのように、知人にアイドル好きがバレるのが嫌だったから、という答えを返してきた。




 どうやら彼女はカナタとは違い、人前では本音を隠すタイプらしい。


 私と同じだ。


 諸条件は違うし、変装のクオリティは歴然だけれど。




 そう考えた私は、ふと気になって彼女に問いかけた。




「あなたも、【やりたいこと】を目指してアイドルの世界に来たの? 例えば、映画の彼女みたいなアイドルに憧れて、とか」




 今後の彼女のプロデュースの為にも、彼女のことをより深く知っておきたかった。


 カナタがそうであったように、アイドルという国民の憧れを目指す女性というのは、いつだって【やりたいこと】に全力を注いでいる女性だ。


 一見引っ込み思案なセツナも、ほんの少しの勇気を振り絞ってアイドルに志望してきたのかと、仮定していた。




 私の言葉を聞いたセツナは、見るからに反応に困ったような表情を返してきた。


「えぇー……えぇーと……どっち、でもあって、どっち、でもない、って感じっすかねー……??」


 カナタとは正反対の、聞くからに要領を得ない回答が返って来た。






「なんというか、やりたいことを目指して、というより……【やりたくないこと】から逃げることで人生決めてきた人間なんで……」


 オーディション会場で魅せた養成のような歌声と同じ体から発せられているとは思えない、内容も口調も利く側をモヤモヤさせるような回答。




「私落ち着きのない人間だから、同世代の人みたいにデスクワークとか他人と長時間ミーティングするのとか無理だし……」


「だったら、アイドルなんか余計に向かないんじゃ……?」


「それが色々複雑でね? 最初は別にアイドルになりたかったわけじゃなくって……ただ、誰もいない部屋で一人で歌っていると、【別人】になれたような気になって……こんな自信のない、臆病なアタシとは違う……いつも堂々としてて、他人におびえない、自分に、変身できた気になって……」




 変身、というフレーズに、スパイとしての自分が反応した。


 スパイもアイドルも、他人に都合の良い仮面をかぶる存在、という点では同じ。




「本来ならみんな私に進学して、就職して、結婚して……っていう普通の人生を望むはずなんですけど……それだと、素の自分にしかなれないし、人様に顔向けできる存在にもなれそうになかったから。だから、仕方なく、アイドルの道を目指したんです……【違う自分】になった時だけ、人前に惜しげもなく出られる。そんな気がして……」




 ここまで聞いて、セツナは、カナタとは真逆の価値観を持った少女であるとわかった。


 同じグループのメンバーなのにここまで対照的なのも珍しい。


 元々第一印象からして真逆の不たちだったのでユニットを組ませたが、まさか根本的な価値観まで真逆とは思わなかった。




「だから、私にとって……この選択は、【逃げ】なんです。苦手な生き方からの。両親は私がこういう人間だって知ってるから、私がそう打ち明けたら、どうせ逃げるならだれもおってこないようなところまで逃げろ!って、応募用紙を渡してきて」




 怖がりなんだな。


 それが彼女の語りに対して抱いた印象だった。


 そして思った。


 私とは似ても似つかない人生だ、カナタの生き方に同じく。






 彼女は素の自分で不特定多数の人間と関わるのが嫌で、この世界に入ってきた。


 カナタのような【やりたいこと】ではなく、【やりたくないこと】からの逃避を原動力としているのが、彼女の生き方だ。


 【やりたいこと】を求める生き方に同じく、【やりたくないこと】から逃げる生き方も、私は今までの人生で考えたことがなかった。




 仮にそんな身勝手な理由で逃げ出せば国の元同僚からの暗殺は免れない。


 またそもそも我々の仕事は国家の安全をかけた仕事であり、誰かが放棄すればそれだけ国民である自分自身の安全も脅かされる。




「……」




 だからこそ、セツナの語りに相槌を打ちながら私は思った。


 カナタとは全く違うタイプのアイドルだが、彼女もまたこれからのこの国に必要な存在である、と。


 戦争直後と違って物質的に豊かになったこの国では、誰もが物質的な欠乏感ではなく、【自分の在り方】について悩んでいる。


 業界を観察していて分かったことだが、この国でアイドルが大人気なの理由の一つも、恐らく彼女たちの歌やライブに触れることで【理想の自分を疑似体験できる】という点にある。




 偽りの、それでいて理想の自分として、アイドルという役割を演じる、というセツナのアイドル観。


 彼女の【理想の自分】に近づこうとする意志は、恐らくこの国のあらゆる人々―――【理想の自分になりたいが、あと一歩踏み出せない人々】に活力を与えることになるはずだ。

 そう思った。


「だったら、宣材写真の時は【もう少しがんばりましょう】な表情じゃ困るわね。仮面でもいいから【よくできました】と言われる表情を心掛けてね」


「うぅ……すいません……」


 口ではこういったが、この時私は、私がかぶるプロデューサーという仮面は、セツナという存在を一つの確たる意志を持つアイドルとして認めていた。

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