12月

「好きな人がいるんだ」

 お決まりの言葉で、放課後の時間が始まる。

「そうか」

 意外にも、簡単な言葉で受け止められてしまった。

「うん」

 拍子抜けに感じながら、次に何を言おうか考えた。




「そんなことより、もうすぐクリスマスだな」

 良い話題が見つからないまま黙っていた俺に、友人は思いついただけの話を振った。

「ああ、そうだな。特に予定がないから、忘れていたよ」

 それよりも、期末考査や部活の方が、よっぽど大きな出来事だったから。

「予定がないって……。好きな人がいるんなら、どうにか約束を取り付けようとするんじゃないのか?」

 やれやれ、といった風に、友人は首を振った。こいつなりに応援してくれているからこそ、こんなにもお節介なんだろう。それが、俺を動きにくくしているもあるんだけど。

「まあ、今年中は動く気がなかったから。学年が変わるまでには、とは決意しているけど」

 そういえば言ってなかったか、と思いながら、自分の中ではすでに決定事項になっていた計画を伝えた。もう少し細かく考えを詰めているけど、そこまでは言わなくていいだろう。

「ん~、そうやって自分の中でストーリーを作ってると、それに縛られてうまくいかない気がするがな」

「大丈夫、臨機応変にやるって。試合中の俺の動き知ってるだろ?作戦通りにいかなくてもボールに食らいつく、あの姿勢」

 部活のことを話題に出して、冗談交じりにそう返した。

「作戦通りにいかないのはお前が監督の話をしっかり聞いていないからだろう。失敗を取り返すのがうまいだけだ、お前は。マッチポンプなんだよ」

 痛いところを突かれた。部活面でも俺に鬱憤がたまっているようだ。二人きりの空間で責められると、たとえ気心が知れた間柄でも居心地が悪い。

「でもまあ、最近は勝てているんだしさ。結果的には今のスタイルの方が良いんだよ」

 右手で握りこぶしをつくって、友人の方に伸ばした。軽くぶつけ合って、良い気分でこの話を終えようという、俺の意思表示だ。

「誤魔化されないぞ」

 そんな言葉とともに、左手で簡単に払われた。誤魔化されてくれないらしい。



「俺の話はいいとしてもさ。お前はクリスマスの予定あるのか?」

 ふと気になって、今度は俺から聞いてみた。

 しかし、数十秒の間があった。ペラ、ペラ、と不規則にゆっくりとページが捲られる音がする。俺の問いに、考える素振りもしない。そんなに嫌われたのだろうか。少しだけ不安になった。

「…………ないな」

 普段よりもずっと小さな声で、友人が呟いた。

 意外に気にしているのかもしれない。あまり聞かない方が良かったか?

「じゃあさ、今年は男二人のメリークリスマスにするか?」

 そういうのも楽しいかと思い、試みに誘ってみる。

「いや、いい」

 すげなく断られた。残念。結構本気だったのに。

 冷たい風が教室の窓を揺らした。窓はきちんと閉じているはずなのに、身震いするほど寒く感じた。

「いや~、最近は本当に寒いよな。部活どころか登下校も憂鬱だ。早く暖かくなってほしいな」

 思ったことを口にしただけなのに、若干わざとらしくなってしまった。なぜだろうか。




「あ~、話すこともないな」

 今までは二人でずっと話していられたのに、最近は少しだけ沈黙が増えた。以前はそれも気にならなかったのに、いつしか何か話さないと気まずいように感じた。

「この一年で、色々話したからな。そろそろ話題も尽きたか」

 似たようなことは、友人も考えていたらしい。

 話題が尽きたとしても、例えば4月の俺たちなら、こういう風な空気にはならなかっただろう。なんだかんだと楽しんでいたはずだ。それが今では、どうも落ち着かない。

 やっぱり、変化していくものなのだろうか。どれだけ大切な関係でも。

 自分が変わるきっかけを作った自覚はあるけど、なぜこうなってしまったのかと思ってしまう。終わらせてしまえば、戻るだろうか。諦めなければダメなのだろうか。その答えは、この教室で見つけなければならない。二学期ももう終わり、あと三か月しか残されていない、この教室で。





「もうそろそろ、出ないといけないんじゃないか?」

 漫然と時間が流れるのを待っていた俺に、相変わらず何かの本を読み続ける友人が言った。

 たしかに、窓の外はもう薄暗い。下校時刻も、自然と早くなっている。

「帰るか。次、こんな時間が取れるのは来年かな」

「そうだな」

 勢いよく教室のドアを開けた。

 灰色がにじむ廊下に、身が縮む。

 12月の夕日は、もうほとんど消えていた。

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