1月

「好きな人がいるんだ」

 3学期も始まって随分経ち、いつもの日常とやらが戻ってきた。

 そういうわけで、俺たちも、部活が休みの日にはいつも通りに過ごしている。

「そうか……」

 このやり取りにも飽きられたのか、友人の返事がいつも以上にそっけない。

 カキーーンと、外で良い音が鳴った。冬休み中の試合で好成績だったらしい野球部は、今日も絶好調だ。





「3年生は、大変そうだよな」

 どちらからともなく、そういう話が始まった。

「なんかずっとピリピリしてるし」

「人生がかかっているからな」

「廊下で部活の先輩を見つけても、みんなちゃんと勉強してるんだよな」

「ああ、不真面目な人でも一応単語帳は持ってるよな」

「なあんか、すれ違うだけで緊張するよな」

「そろそろ自主登校になるだろうし、学校の雰囲気は明るくなるかな」

「それでも、あと一年で自分がああなると思うと、なあ……」

「確かに」

 勉強が嫌いな俺からすれば、憂鬱な話だ。この友人も、俺よりはるかに優秀な筈だが、それでも悩みはある様子だった。

 いつまでも、こうしていられたらいいのに。



「そういえば、大学はどこに行くんだ?」

 急に、そんなことを聞かれた。いや、それまでの話の流れからして、そういう話になることは予想できたけど。

「話したことなかったな、そういえば」

「ああ」

 少しだけ考え込む。2年も終わりに近づいているから、先生と進路の話をさせられる機会も何回かあった。まだそんなことを考える必要がないと思っていて、あまり真剣に考えてなかったけど。

「ん~~、でもやっぱ、進学かな」

 そういうと、友人は少し意外そうな顔をした。ああ、進学することは前提で聞いていたのか。俺だって、就職を選ぼうとしているわけではないけど、一応その二つの選択肢を比べる。ほんの少しだけ、価値観の違いを感じた。

「どこかって言うと…………。俺が行けそうなところって、どこだろうな?」

 行きたい大学の名前も、学部も思いつかなくて、自分がどれだけ未来のことを適当に考えていたのか思い知った。

「さあ、お前じゃないから、俺にはわからないな。それにしても、よくそんなに適当でこれまで乗り切ってきたな。教師にはなんて説明していたんだ?」

「あー、完全にノリでやっていたからな。悩んでまーっすって言えばちょうどいいとこ勧めてくれるから、あとは頷いていたよ」

 過去数度の面談を思い出して、笑いながらそう言った。

「…………、なあ、ちょっと真面目な話をしていいか?」

 友人の声が、いくらか低くなった。これまでの経験上、こうなったこいつはかなり面倒くさい。バレない程度に首の柔軟をした。適当に頷く準備はOKだ。

「そもそも、お前はいつでも適当すぎる。将来のことは~~~~」







「~~~~~だからな。おい、聞いているのか?」

 予想通り、かなり長い話になった。

「勿論だ。お前が俺のことを思って言ってくれているのだからな。悪かったよ、これからはちゃんと考えるから」

 話が始まって数秒の内に考えた答えをスルスルと口に出し、最後にもう一度しっかりと頷いた。

 ハ―――、と大きなため息が聞こえた。俺がこいつの長話を予想したように、こいつは俺がしっかり話を聞いていなかったのを理解していた。出会って二年近いもんな、お互いによくわかり合っている。

「俺は、お前のことが心配なんだ」

 聞き取れないほど小さな声で、何か言っている。聞き取りたかったが、拒絶の雰囲気を感じて、何も聞いていないというアピールのために、窓の外を見た。

「お前が、何よりも大切だから」

 聞こえない、聞こえない。そういうフリじゃなくて、本当に聞こえない。でも、ちょっとだけ、嬉しい気分になった、気がした。



「お前、一回これ読め」

 友人が急に立ち上がったと思ったら、教室の隅っこから大きな冊子を持ってきた。デカデカと、大学入試ナンタラと書いてある。進学用のものか。こんなものがあったことを、初めて知った。

「マジか……。重いな」

「それだけしっかり情報を手に入れて、考えなければいけないんだ」

 まさか、高校生全員がこんなものを読んでいるとは思えなかったが、こいつがやれというのなら、やるだけだ。

 他のやつは、呼んでないよな……?







「もう、すっかり暗いな」

 ずっとペラペラとページを捲っていたら、あっという間に時間が過ぎた。

 最初はつらかったが、こういう静かな時間も、案外悪くなかった。聞こえるのは、お互いの出す音だけで。

 …………ん?

「ヤバイ、もう俺たちしかいないぞ。早く帰らねえと、また手ひどく怒られてしまう」

 気付けば、絶好調の野球部も、校舎のそこかしこにいる吹奏楽部も、その他の部も、全て帰っている。通りで静かなわけだ。

 一月の月が、優しく辺りを照らしていた。

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