雪深い冬

◆1-1

 庭一面に積もった雪を冬用のブーツで踏みながら、リュクレールは外に出た。

 分厚い雲の中から絶え間なく白い粒が降ってくる。既に狭い庭は足跡ひとつ無く白に埋もれているのに、止む気配は無い。ドリスが編んでくれた毛糸のショールの前を掻き合わせ、白い息を吐いた。

 この国の冬では当たり前の光景だ。首吊り塔に居た頃も、部屋の窓を襤褸布で塞がなければ雪が降りこんできたし、塔の吹き抜けのおかげで一階には雪山が出来ていた。こっそりそこから綺麗な雪を取ってきて、雪人形を作って遊んだりもした。

 それでも、こんな広い――あくまでリュクレールの感性からではあるが――街中に積もる大量の雪を見るのは初めてだ。

 すっかり埋もれた小さな門の向こうを、光るペンを振る魔操師達が歩いていく。彼等が道端に積もった雪の塊に軽くペン先を触れさせるだけで、じわじわと溶けて縮んでいった。王太子グラスフェルの主導により、城お抱えの魔操師達による貴族街の雪かきは毎日のように行われていた。長年深い雪に悩まされて来たこの国が手に入れた新しい冬の過ごし方であり、王太子の人望を上げている理由の一つだ。しかし当然、貴族自身の土地である庭等の雪を掃けるには、魔操師を雇う金が要る。残念ながらシアン・ドゥ・シャッス家にそこまでの余裕は無い。

 なので、リュクレールはひとつ気合を込めて、庭の隅の物置から大きなスコップを引っ張り出す。腰を入れて雪に突き刺し、ぐいと体重をかけて掘る。取り出した雪をよいしょと庭の隅に投げる、この繰り返し。

 当然、貴族の子女がやるべきことではない。しかし残念ながら現在、この家で一番の力持ちである従者ヤズローは、先日南方国から帰って来てすぐに、両腕の修理と四肢の整備の為、洞窟街の“蜉蝣”へ放り込まれた。本人は最後まで嫌そうだったが、左腕はほぼ使えなくなってしまっていたので許されなかった。修理が完了するには二巡りはかかるらしい。

 豊満なる身の持ち主である現当主は言わずもがな、ドリスも老骨に鞭打って雪かきをするのは難しい。結果、ヤズローが帰ってくるまでこれはリュクレールの仕事になったのだ。勿論庭全ての雪をかくのは無理なので、玄関から門に続く道をどうにか作るだけだが、それでも十分な重労働だ。足元から染みる寒さにも関わらず、動いていれば汗をかいてしまう。

「よい、しょっ……!」

 最後の一かきを放って、リュクレールは大きく息を吐いた。自分では頑張ったつもりだけれど、絶え間なく降る雪は容赦なく、既にかいた道には薄らと積もり始めている。ヤズローが帰ってくるまでにはきちんと歩きやすくしておきたかったのだが、これでは夕方もう一度やらなければいけないかもしれない。

 ヤズローがこの家に来てから冬の雪かきは全て彼の仕事だったと聞いていた、リュクレールの気持ちには尊敬と感謝しかない。こんな重労働を毎日していればこそ、矮躯にも関わらずあれだけ体を鍛え上げられているのかもしれない。自分も頑張らなくては、と改めて気構えをした時。

「――奥方様! もう充分にございます、お戻りくださいませ」

 玄関から顔を出したドリスに呼ばれた。ちょっと迷うが、彼女はショール一枚巻いていない、普段のお仕着せのままだ。外に出たままではドリスの方が風邪を引いてしまうかもしれない――リュクレールは頷いて、スコップを抱え直した。

「ええ、今戻るわ!」

 ちゃんと荷物を仕舞ってから玄関に入ると、僅かな温もりがほわりと頬に当たって安堵する。残念ながらこの屋敷の暖炉は、人が集まる広間と応接室、そして食堂にしか据えられていないが、それでも隙間風だけは防ぐよう作られた古く堅牢な屋敷の中は充分暖かい。更にドリスが素早くリュクレールの顔や髪を白布で拭き、雪と汗を払ってくれる。

「奥方様にこのようなことをさせてしまい、心苦しゅうございます。私が冬の魔女でしたら、雪避けなど容易いことでしたのに」

 一口に魔女と言っても得手不得手があるらしく、ドリスは春の魔女と呼ばれる者だそうだ。植物や小動物を操り、命を芽吹かせることは得手だが、押し止めたり停止させることは苦手らしい。何より、冬が過ぎ去るまでは魔女の力がどうしても弱まってしまうそうだ。

 いつもリュクレールに護衛代わりについてくれている使い魔のカナヘビも、寒くなるとうつらうつらしている。今も懐の中で目を閉じている彼の頭をそっと指で撫で、リュクレールは微笑んだ。

「まぁ、ドリスは他の家の仕事を全て一人で切り盛りしているのだもの、これぐらいさせて貰えないとわたくしのやる事が無くなってしまうわ」

「御労しや……お茶を入れます故、お着替えをなさって少しお休みください。旦那様もお待ちでございます」

 そしてドリスの嬉しい言葉に、更に彼女の笑顔は明るくなった。

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