母さんの習い事

北きつね

第1話


「ねぇ美里。隆さんに、パソコンを教えて貰えないかな?」


 入院をしている母さんが、急にパソコンを覚えたいと言い出した。

 旦那に相談して、中古のパソコンを購入して、母さんに渡した。旦那が、時間を見つけて、母さんに文章の打ち方を教えた。家電さえもうまく使えなかった母さんが、パソコンだけは少しずつだが使えた。


「母さんはパソコンなんて急に言い出したの?何か、聞いていない?」


「うーん。詳しい話しは聞いていない。それから、スマホも必要だと、言われて、フリーSIMのスマホを渡した」


「え?スマホ?誰かと通話するの?」


「通話はしないみたいで、動画や写真の方法を教えた」


「母さんは何がしたいの?」


「明日は病院だろう?お母さんの所に顔を出すのだろう?聞いてみれば?」


「うん」


 旦那が大きくなっている。私のお腹を触る。

 あと2ヶ月くらいで会える。でも、母さんは間に合わない・・・。だから、母さんに名前を付けてもらった。検査で、女の子なのがわかって、母さんにお願いした。


「気をつけて行けよ」


「うん。大丈夫。”紗凪さな”をしっかりと産まないと・・・」


「そうだな」


 旦那は、天涯孤独だ。私も、父さんとは小さいときに死別している。旦那にとっても初めての家族が私であり、母さんだった。そこに、紗凪さなが加わる。旦那のためにも、しっかりと産まないと・・・。


「母さん」


「なに?」


 母さんは、パソコンを真剣は表情で操っている。聞いても、何をしているのか教えてくれない。


「美里。紗凪ちゃんは順調?」


「え?あっうん。予定通り」


「無痛分別?」


「旦那と相談するけど、帝王切開になるかも・・・」


「そう・・・。しっかり、隆さんと話をしなさい。私は、助けてあげられそうには・・・」


「母さん・・・」


 小柄な母さんが、大きなノートパソコンを覗き込みながら操っている。わざと?私に表情が見えないようにしている。


 予定日の10日前に、母さんは旅立った。母さんは、遺言を残していた。

 苦しんだ様子が全く無く、安らかな旅立ちだと教えられた。私が、母さんの旅立ちを知ったのは、紗凪が産まれた後だった。


 子供が産まれる寸前に、旅立ちに立ち会うのは現実的では無いのは、頭では理解できる。でも、私は母さんを見送りたかった。


 紗凪は、健康に産まれてきた。母さんが、祈ってくれたからだと、旦那は言ってくれたのが嬉しかった。遺言は、正式な物ではなかったが、旦那が遺言通りに物事を進めてくれた。


 紗凪が、家に入るまで、自分の葬儀はしないで欲しいと遺言されていた。旦那が、行政や病院に掛け合って、実現させた。


 母さんの葬儀が終わって、納骨を済ませた。

 49日の法要が終わって、紗凪も落ち着いてきた。私と旦那も元の生活とは・・・。以前とは違うが、日常が戻ってきた。


「ありがとう」


「母さんの頼みだからな」


「うん。そうだ、母さんは結局、パソコンとスマホは何に使っていたの?持って帰ってきたのよね?」


「あぁ・・・。俺は軽く見たけど、お前と紗凪に向けてだな・・・。母さん。頑張ったぞ」


「え?私?それに、紗凪?どういうこと?」


「いいから、見てみろ。紗凪の部屋に置いてある。PINは紗凪の予定日になっている」


 紗凪が大きくなってから使わせようと思っている部屋に、母さんが病院で使っていたパソコンが置かれている。横には、スマホも置いてある。


 パソコンには、私と旦那が母さんを挟んで笑っている写真だ。式はしなかったが、写真だけは撮影した。


(母さんの笑顔の写真)


 え?私宛?

 デスクトップに、私と紗凪あての文章が置かれている。旦那宛の文章もある。


”美里へ。わがままを言って悪かったね。あんたに心配を・・・”


(母さん・・・。なんで・・・)


「美里。母さん・・・。ペンが握れなくなって・・・。それで、パソコンで手紙を書こう考えたみたいだ。俺に、文章の作り方を教えて欲しいと・・・」


「え?うそ?だって、遺言・・・」


「口頭で俺が聞いた」


「・・・。そう」


 母さんの手紙には、これから紗凪を育てるのに必要な事柄が書かれていた。自分は手伝えないだろうから・・・と、経験を文字として残してくれた。ペンが持てないほど弱っていて、文字を打つのも大変だったのに、私のために、紗凪のために・・・。


「あなた?」


 母さんの動画?


「俺が、お願いして、母さんが元気な時に、屋上で動画を撮影した」


 紗凪と私に向けたメッセージだ。紗凪が大きくなったら見せよう。貴女の”おばあちゃん”だよっと・・・。


 旦那が、スマホの動画を取り出して、自分のパソコンに転送している。


「どうするの?」


「ん。バックアップの意味も有るけど、母さんに紗凪を抱かせてあげようと・・・。思ってね」


 旦那は、ソフトを使って、紗凪を抱いている自分の写真から自分を消して、動画の母さんに合成する。


 母さんが、笑って、紗凪を抱いている。


「母さん。喜んでくれるかな?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

母さんの習い事 北きつね @mnabe0709

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ