第10話 企画書と理念
紆余曲折を経て、何とか彩花からYUKIの連絡先を手に入れた翌日の金曜日、出社早々に部長から呼び出された。
「急に呼び出して申し訳ないね、どうにも君の進捗が気になってしまってね」
前回と同じ会議室に呼び出された俺は、早速部長からそう切り出された。
「進捗に関しては……一応順調に進んでいます」
俺がそう言うと、部長は意外だったのか目を見開いていた。
「それは……重畳。いや、実は外部とのパイプなどに困っているかと思って、呼び出させてもらったんだが、要らない心配だった様だね」
部長はそう言いながら、持ってきていた資料の幾つかを裏返しに置いた。
まさか、手伝ってくれるつもりだなんて思っていなかったから、完全に部長に相談するという考えは俺の中で抜け落ちていた……まぁ、今回の件ーーYUKIに関しては部長に言っても難しかっただろうけど。
「それで、一体どんな企画を提出しようと考えているんだ?」
そう尋ねてきた部長に対し俺は、持参した業務用のタブレットの画面を指し示す。
今日の朝部長から声をかけられた時に、こういった話になるかと思って、事前にPCからタブレットにデータを移しておいてよかった。
「私の企画内容は、今動画投稿サイトで勢いに乗っているYUKIをメインに据えたイベントを考えています」
部長の顔を見ながら、横目でタブレットに表示したパワーポイントを操作していく。
「部長は、まずYUKIと言う動画投稿者を知っていますか?」
具体的な年齢は聞いていないが、恐らく50を超えているだろう部長位の年だと、あまり動画を見たりしない人もいるため、確認する。
「先週発売されたCDが品切れになっていると言う様なニュースを聞いて、先日初めて知ったな」
「では、一応YUKIについて簡単に説明させて頂きますね」
そう前おいて、俺は簡単にYUKIのチャンネル登録数や、合計視聴回数、活動期間やメインの視聴者層などを説明していく。
「……そんなYUKIですが、一つ他の動画投稿者や歌手と大きく違うのが、これまでイベントと言うものを実施した実績がないんです。彼女自身が軒並み断っていたと言う理由で」
「ふむ……普通に考えたら、既にいくつかのタイアップやイベントをしていてもおかしく無い規模なのにか?」
「はい、そしてそれは同時に、初めてのイベントにはそれだけ多くの期待と注目が集まると思うんです」
事前に集めておいた、想定される集客規模と、それに必要となるだろう経費などを畳みかけていく。
今週家に帰ってからもデータ収集などに勤しんだ、渾身の資料だ。
穴という穴は、無い筈。
「なるほど……プレゼンも、資料もよくできていると思う。だが、一つ聞いて良いか?」
よく出来ていると太鼓判を押され、内心ガッツポーズを取りながら、極力済ました顔で聞き返す。
「なんですか、部長?」
「君は確か先程、YUKIがイベントなどを断っていると言っていたが、その問題はどうやってクリアするんだ?」
……きた。
俺がこの企画を考えたついた時……そして、恐らく同じ企画を思いついただろう他の社員が頭を悩ませた問題。
だが、少なくとも俺には他の社員よりも一つだけ有利な点があった。
「正直、その問題については未だ解決していません」
俺がそう言うと、部長が目を細めた。
「ですが、可能性はゼロではないと考えています」
「ほぉ、その根拠は?」
誤魔化しや、理想論は通用しそうにない鋭い瞳で見られた俺は、グッとその視線を真っ向から受け止める。
「YUKIと個人的な付き合いがある人から、彼女のプライベートな連絡先を貰うことができたので、その連絡ルートを通じて個人的に依頼をさせて貰おうと考えているからです」
昨日彩花に連絡先を貰ってから、早速連絡をさせてもらったが、未だ返事が来ている気配はない。
だが、何としてでも説得したいと考えていた。
それは今回の企画のためというのもあるけど、それよりもまず1ファンとして彼女のイベントを見て、手伝いたいと言うのが最も大きい。
しかも先日彩花と話した時にも言っていたが、YUKIの友人である彩花も、彼女のイベントは是非見てみたいと言っていたのだ。
きっと俺のようなファンだけじゃなく、YUKIと個人的な付き合いがある人達も、きっと期待している人は多いはず。
「……なるほど」
部長はそう言うと、席を立ち上がった。
一瞬、何かまずったか……と思ったが、どうやら違うようだ。
「よくできた資料だった。後は、君のアポが上手くいくのを期待しているよ」
ニカっと笑いながら突き出された手を、俺は握り返し感謝の言葉を述べた。
◇◇
会議室から自席へ戻り、部長に説明しているときに今一つ反応が良くなかったページの修正をPCで行なっていると、後ろから声をかけられる。
「よぉ、万年平社員。それ、今度のコンペの資料か?」
声をかけて来たのは、予想通り斎藤だった。
「まぁ、そうですね」
適当に相づちを打ちながら、修正をしていると、斎藤は俺が作った資料に興味を惹かれたのかじっと見ていた。
ーーなんだ? 普段なら、仕事の資料とかまるで興味なさそうなのに
「はーん、なるほどな。お前にしてはまともな資料だな。今話題のアイドルかなんかだったか?」
「……」
あえて違うと突っ込むのもバカらしく、俺は無視を決め込む。
すると、何を思ったのか斎藤が小声で俺に囁いてきた。
「なぁ、この資料俺にくれね?」
「は?」
突然斎藤が言い出したことが理解できず、思わず反応を返してしまった。
「いや、だからこの資料を俺にくれよ。なーに、どうせお前じゃうまくプレゼンできずに失敗するだろうから、俺が上手く話してやるよ。あー、安心しろ。もし俺が優勝したら、居酒屋で一杯くらい奢ってやるから」
そんな事を言い出した斎藤に対し、俺は怒りを通り越して呆れの感情が浮かんできた。
コイツ、頭どうかしてんじゃないのか?
「この資料は、すでに部長に見せたんで、人に譲るとか到底無理です」
俺がきっぱりとそう言い放つと、斎藤が俺を睨んで舌打ちしてきた。
「チッ、折角人が使ってやろうって言ったのによ……まあいいや、俺が直々にその何とかって奴に話した方が早いだろうしな。あとで吠え面かくなよ」
そんな捨て台詞を言って斎藤は去っていったが……正直、俺は怒っていた。
俺の資料をよこせと言われたこと……それも腹立たしいけれど、何よりも許せないのは、YUKIについて何も知らず、考えてもいないのに彼女を利用しようと考えているその魂胆に腹が立った。
プロとしてーー社会人として考えるなら、相手の事を理解しない状態で一緒に仕事する事も中にはあるだろう。
だがそれでも俺は、常に相手に対する尊敬の念を持って接することは、常に必要だと考えている。
業界や職業、経歴が違えば考え方や知識も違ってくるのが普通なのに、自分とは違う事をやっている人を尊敬できないーーあまつさえ利用だけしようとする奴など、言語道断だ。
その事を伝えるため、そしてYUKIを説得するために、仕事の合間を縫って資料の最終チェックに勤しんだ。
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