第9話 出会っていた女性は女子高生でした

 俺が思いの丈をぶつけると、幸さんはしばらく俯いた後、俺の瞳を真っ直ぐ見ながら問いかけてきた。


「なぜ、武さんはそこまでYUKIにこだわるんですか?」


「こだわる理由ですか……それは、単に1ファンとしてYUKIをより多くの人に知って貰いたいからです」


 著名なアーティストや、人の心に訴えかける事ができる芸術家は、数は少ないながらも他にも存在はしている。


 しかしながら、現状のYUKIは動画投稿者としては有名ではあっても、彼女の才能に見合った知名度かと言われたら、俺はまだまだだと考えている。


 地上波のテレビで曲が流れた事はまだなく、海外での人気はまだ種火レベルでしかない。


 だが俺は、彼女の才能を持ってすれば、俺の想像も及ばないような場所まで羽ばたいて行けるのでは無いかと常々考えている。


 もちろん、仮に俺がイベントをやったところで、現状が大きく変わると言うことは無いだろう。


 だけどもし、一度イベントを成功することが出来たなら――そしてもし、その後もイベントを定期的に開けたなら……そう思わずにはいられない。


「1ファンとして……ですか」


 口元に手を当てながら、どこか考える様子の幸さんに俺は力強く頷いた。


「彼女が今後音楽業界に巻き起こしていく出来事を一番近くで、そして、一番早くに感じたい……なんて言うのは、少し傲慢かもしれませんけどね」


 少し戯けたように、だけど本心からそう言うと、幸さんはその形の良い眉を寄せて悩んでいる素振りを見せた。


 その考え込みようは、中身が空になったカップを、ストローで突いている所からも見て取れる。


「再度確認しますが、武さんは何が何でもYUKIと連絡を取りたいんですよね?」


 しばらく考え込んでいた幸さんは、突然そんな事を口にした。


「はい、もちろんです。彼女と連絡を取るためなら、あらゆる手段を尽くすつもりです」


 真摯に、だけど確かな熱意を持って答える。


 すると、幸さんは深く、それはもう深くため息をつく。


「……わかりました」


 静かに、何かを観念するかのように幸さんはそう言った。


「……YUKIと個人的に連絡を取る方法をお教えします」


 突然そんな事を幸さんが言い出して、俺は一瞬言葉の意味が理解できず……理解した時には、思わずその場で立ち上がってしまった。


「幸さん、もしかしてYUKIの連絡先をっ!!」


 大声でそこまで言った所で、幸さんが口元に指を当てて静かにする様にジェスチャーしたので、慌てて口元を手で覆いつつ席につく。


 周囲を見回してみれば、何事かとこちらに視線を向けている人達が何人かいたが、どうやら会話の内容までは理解されていなかったようで、直ぐに関心を無くしていた。


「……本当に、YUKIの連絡先を知っているんですか?」


 思わず小声になりながら幸さんへそう問いかけると、幸さんは静かに頷いた。


 ――まさか、こんな偶然があるなんて……。


 たまたま知り合った女性が、偶然YUKIと知り合いである確立なんて、どれほど天文学的なレベルの偶然だろうか。


 だがこれで、俺の妄想がほんの少しだけ現実味を帯びたように思う。


「えっと、大変不躾なお願いなんですが、何とかYUKIにオファーしたい旨を伝えていただけませんか?」


 そう言って俺が深く頭を下げると、彼女は揺れる金色の髪を触りながら、少し目尻を下げて困った様な顔をしていた。


「あー……えーっと、ウチ本人がYUKIの知り合いと言うか……その、友人がYUKIの知り合いみたいで」


 なるほど、自分の知り合いでは無いから、先程から少し煮え切らない応えをしていたのだと、少し納得した。


 そりゃあ、友人の友人じゃあ中々紹介するわけにもいかないだろう。


 ……しかもこちとら、冴えないサラリーマンだしなぁ。


 そんな事を思いつつも、俺は一縷の望みをかけて彼女へと頼み込む。


「ご友人にご迷惑は極力かけない様にするので、何とかお願いだけしてみて頂けませんか?」


 そう言いながら俺が再び頭を下げようとした所で、彼女は「分かりました」と応えた。


「えっ……こんな事を言うのもアレですが、本当に良いんですか?」


 再三俺に質問をしたりしていたのは、今一つ腑に落ちないことが有ったからだと思っていたんだけれど、あっさりとした回答が返ってきて思わず困惑する。


「ええ、大丈夫です。……というか、私だけの友人というより、武さんの知人でもありますよ」


 幸さんが突然そんな事を言い出して、更に俺は困惑する。


「えっと……恥ずかしながら俺は交友関係とか広く無いので、自分の知人にYUKIの知り合いがいるとはとても」


 そう言って俺が訂正しようとするが、幸さんは首を横に振った。


「1人居ますよ……武さん、姪っ子がいらっしゃいますよね?」


「……はい、1人」


 言われて考えてみれば、彩花なら確かに年齢的にもYUKIと近そうだし可能性は……。


「って、幸さんは彩花の知り合いなんですか!?」


 その事実の衝撃から思わず俺は再度立ち上がり……すぐに、周囲に頭を下げた後座り直す。


 正直、こんなに連続で驚かされるとは思わなかった。


 ……もしかして、彩花の奴は最初っから知ってたのか?


「まぁ、はい。後……この際だから言っちゃいますけど、実は同じ学校に通う同級生です。騙していてごめんなさい」


 申し訳なさそうに、幸さんに頭を下げられながらそう告げられ――おれは思わずその衝撃から、その場で頭を抱えた。


「……えっと、彩花と同級生ってことは、もしかして高校一年生?」


「はい……」


 ……マジか、と思う一方で頭の片隅ではやっぱりかと思う部分もあった。


 幸さん――幸ちゃんが特段子供っぽいというわけでも無いが、高校を卒業してる割には少し子供っぽさが仕草に出ていた気がしたからだ。


 とは言え、高校生――しかも姪っ子の同級生で、友人となると……途端に、こんな時間に2人で会っていることに、そこはかとない気まずさが出てくる。


「えーっと、取り敢えず色々聞きたいことはあるけど、彩花がYUKIの事を知っているのは、本当でいい……んです?」


 何となく、改めて年が半分の子に対して敬語を使うのも気恥ずかしくて、先程までと違って少しぎこちなくなる。


 聞いていた年齢との違いは5歳なんだが、彩花の友人と言われるとどうにも調子が狂う。


「はい、そこは彩花に聞いてもらえれば間違い無いです。後、無理に敬語使わなくていいですよ」


「あー、ありがとう」


 見透かされたことに頬をかきつつ、念のため彩花にメッセージを入れる。


 ――幸っていう、金髪ロングの子知ってる?


 そんなメッセージを送ると、直ぐに返信が返ってきた。


 ――アレ? さっちゃん、タケにぃにもうバラしちゃったんだ


 ……これは、間違いなく確信犯だな。


 後で彩花を問い詰めることを難く決心しつつ、俺は幸ちゃんに頭を下げる。


「ごめん、分かっていなかったとは言え、こんな時間に呼び出したりして」


「いえ、全然……むしろこっちこそ、騙してて申し訳ありませんでした」


 深く幸ちゃんが頭を下げると、その金色の髪がサラリと机の上に広がった。


 これは自分の勝手な思い込みかもしれなけれど、彼女は特段人を騙してやろうとか、悪気があったわけでは無さそうに思う。


 なら何故、この様な事をやったのか……その事は正直気になったけれど、既に時計が8時を過ぎていたため、俺は取り敢えず話もそこそこにして、彼女を駅まで送り届けることにした。

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