第8話 2回目の渋谷

 イベントの企画案を作るためには、いくつかの工程がある。


 その中で一番最初にやる事は、誰をターゲットに、どんな物を提供するかだ。


 金銭面だとか、実現性なんてものを考え始めたら、アイデアはどんどん縮こまるため、最初は自分のやりたい事……熱意を持って取り組める事を目標にすると良い。


 今回俺がYUKIのイベントを開催したいと思ったのも、実現した時のインパクトがあるというだけでなく、俺が彼女のイベントを見てみたいと思ったことが1番の理由だ。


 先週日曜日に発売開始されたCDは、どこの店でも飛ぶように売れ、現在は初回生産されたものは既にネットで、プレミア価格で転売されている程人気が出ている。


 CDに入っていた曲の評判も上々で、話題性にも事欠かない。


 もしYUKIを主軸にイベントを行うことが出来たなら、ターゲットは10代から60代までと幅広く、やれる事もライブやラジオ、トークイベント等幅広くできるだろう。


 だが、YUKIのイベントを行うに当たって一つ大きな障害があった。


 それは、彼女がほとんど表舞台に出ようとうとしない事。


 本来であれば、うち以外にも多くのイベント屋が彼女にライブなどのオファーを出している筈だし、彼女レベルになれば当然所属しているレーベルからも、数kずの出演依頼の声がかかっているはずだ。


 しかし彼女は、それらを全て蹴ってほとんど単独で、しかも動画サイトと一部SNSのみで活動している。


 顔出しもせず、殆ど個人の情報が分からない謎に包まれた歌姫ーーそれがYUKIだ。


 彼女がなぜそこまで外部の人間を遮断するのか、その理由はわからない。


 ネット上の口さがない連中は、極度のコミュ障だの、容姿に自信がないからだのと勝手な想像をしている連中もいるが、俺はそうとは思わない。


 何か、彼女なりの理由があっての事なのだと、そう考えている。


 だからこそ、彼女に話を持っていくのは困難だと思い、取り敢えず同好の士である幸さんに話を振ってみることにした。


 とは言っても、名案を返してくれるのを期待したと言うよりは、単純に彼女だったらどんな意見が出てくるのだろうと言う、あくまで興味本位でしか無かった。


 だから俺は、正直今すごく困惑している。


 ーー今は水曜日の19時30分。


 俺としては極めて早くに会社を退社して来たのには、理由がある。


 それは……幸さんに呼び出されたからだ。


 月曜日の夜にメッセージを送ってすぐに既読はついたものの、丸一日返信がなく、正直突拍子のない事を送ったせいで困ってるのかなぁ……なんて考えていた所で、昨日連絡が返ってきた。


 内容は、「少し話をしたい事があるので、明日の夕方7時30分ごろに会えませんか?」という物だった。


 正直返信が来てホッとしたけれど、その内容に思わず俺は会社で首を捻った。


 当然俺は、何かあったの? と問いかけてみたものの、会ってから話をしたいとの一点張りをされてしまい、正直取り付く隙もなかった。


 何かやらかしてしまったか? とも考え、彩花に相談してみるもそちらも轟沈。


「タケにぃは困った時しか、私に連絡くれないよね!」


 とのお小言をもらうだけの結果になってしまった。


 まぁそれでも、「安心して、そんなに悪いことにはならないと思うから……」なんて言う彩花の意味深な助言を信じて、待ち合わせ場所のハチ公前でジッと待っていた。


「ねぇねぇ、あの子すごいスタイルいいよね!」


「男の人っぽい格好が、逆に似合ってるよね!」


 そんな声が雑踏の中で聞こえてきて、ふと顔を上げると幸さんが丁度歩いて来ているのが見えた。


 彼女の今日の格好は、先日あった時とは雰囲気が真逆で、スポーツキャップにGジャン、ロゴ入りのTシャツに、黒のズボンと洋服だけを見れば完全にそこら辺の男性と同じだった。


 ただ、帽子の下から覗く毛先まで手入れされた金色の長髪や、シャツの隙間から覗く白い肌、細身ながらも僅かに丸みを帯びたシルエットは、彼女が間違いなく洗練された女性である事を強く主張していた。


「ども、ご無沙汰です」


 俺の前まで来た彼女は、帽子を取って軽く会釈した後に、ニカっと笑った。


「こんばんは、幸さん」


 メッセージでの素っ気なさなど無かったかの様に、屈託なく笑う彼女をみて俺も思わず笑顔になってしまう。


「えっと、今日はウチのセンスで洋服選んできちゃいましたけど……やっぱ男の人てきには、この間の服の方が良かったっすか?」


 そんな風に、少し悪戯っぽい顔で笑いながら聞いてくる幸さんに、俺は首を横に振った。


「この間の格好も素敵だったけど、今日の格好もすごく格好いいと思うよ」


 これまで一度も言ったことが無い女性への褒め言葉を、少し照れつつ言うと……彼女も少し気恥ずかしかったのか、髪を手に巻きつけつつ目線を逸らした。


「武さんって、思ったより女たらしなんすね」


「いや、そんな事ないって。この間も言った通り、この年まで彼女いなかったかし!」


 思わずそう力説すると、プッと幸さんが吹き出した。


「そこ、そんなに力説されても! まぁここで立ち話もなんですし、取り敢えずこの間の喫茶店でもいきますか?」


 そう尋ねられて、俺は大きく頷いた。


◇◇


 もう既に夜だというのに渋谷の街はまだ活気付いており、喫茶店の中に入っても未だそれなりに人が入っていた。


 取り敢えず年上の面子にかけて、彼女の飲み物代は俺が負担し(彼女は何度も自分で出すと言っていたけど)、自分の夕飯のスパゲッティを持って席に着く。


「なんか俺だけ食べて悪いね」


「いえ、ウチは家で食べて来たんで気にしないでください」


 そう言って袋からストローを取り出す幸さんをみながら、俺はスパゲッティにフォークを突き込む。


「……先日、メッセージくださった件ですけど、突然なんであんな質問をされたんですか?」


 俺がスパゲッティを口に運ぼうとしたところで、幸さんが真剣な眼差しで俺にそう尋ねてきた。


 ……正直、単なる興味本位と話題作りのつもりで話を振っただけだったから、思いのほか真剣な顔で見られて困惑するが、ことの経緯をかいつまみながら話していく。


「お仕事の企画コンペ……ですか」


「うん。正直、この二日間も他に案が無いか考えては見たんだけど、他にはパッとしたのが思いつかなくて……無理だと思いつつも何とかならないかなぁって模索中です」


 肩をすくめながらそう言うと、俺は皿に残ったスパゲッティを平らげていく。


「ちなみに武さんは、どんな風にYUKIと連絡を取り合おうと考えているんですか?」


「んー、取り敢えず彼女のSNSへDM(ダイレクトメッセージ)を送ってみようと考えているかな。直接彼女とやりとりする方法って、ネットだと他に殆どないしね」


 動画のコメント欄に書き込んでも適当に流されるだろうし、他の動画投稿者の様に仕事を受ける用のメールも公開していなかったはずだ。


「そうですか。でも、彼女はDMでの仕事の依頼は受けていないと言っていましたが……」


「そうなんですよねぇ……。だから、一応もう一つの案も考えてます」


 そう言うと、幸さんが驚いた顔をした。


「他の方法……ですか?」


「ええ。対外的な事を殆どしていないYUKIですが、それでもレコーディング会社と契約しているので、そちら経由で依頼できないかなと言うのも考えています」


 過去の会社が実施したイベントを見てみたら、幸いYUKIが所属しているレーベルとも仕事をしており、最低限のツテがあることは確認済みだ。


「あー……なるほど、ですね」


 どこか期待したような、それでいて不安に揺れるような目をしていた幸さんは、少し冷めたような目をした。


 何か変な事言ったかな、俺?


「でも、その方法だと難しいとは思いますよ? 他の所も同じ様なことはされているでしょうし」


 俺から目を逸らして、ストローが入っていた紙袋をいじりながら、幸さんは素っ気なくそう言った。


「まあ、そうでしょうね」


 俺が再度肩をすくめながら、そう言うと目を見開きながら幸さんが俺を見た。


「えっと……無駄と分かってるから、諦め半分で送ってみるってこと?」


 そう幸さんに聞かれてーー俺は、首を横に振った。


「諦めているわけじゃないかな。ただ普通にやっても厳しい事は分かってる。だから自分にできるのは、YUKIからYESと言われるまで粘ることくらいかな」


 俺が真剣に幸さんの目を見ながら言うと、幸さんが頭を抱えた。


「えっと、それはブロックされるまでDMを送りつけるって事ですか?」


「いや、まぁ……そうだね。後、レーベルへの電話やメール、郵便もだけど」


「いやいや、それは最早悪質な脅迫かなんかですよ」


 呆れたように、半ば疲れた様に幸さんにそう言われるが……生憎、俺にもここで引くことは出来ない。


「非常識なのも分かってるし、下手したらネットニュース位にはなってしまうかもしれない。もしそうなったら、当然自分は首になるだろうけど……それでも俺は、彼女と仕事をしてみたいと思うんだ」


 俺は心の内で考えていたことを、彼女にそうハッキリと告げた。

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