第4話 歌姫の片鱗
「へぇ、幸さんはお姉さんがいるんですね?」
「そうなんすよ、まぁその姉が結構なグウたらで……」
喫茶店で飲み物を飲み終えた俺と幸さんは、店を出てお互いについての情報交換をしていた。
一応お互いの趣味について等は当然話をしていたものの、面と向かって話しているのとではやはり大きく違って来る物がある。
「そう言えば、武さんは従妹がいるんすよね? 彼女の事はどう思ってるんすか?」
彼女が大きく伸びをすると同時、その金色の髪がサラリと揺れてイヤリングに嵌った緑色の石がキラっと光った。
「従妹のことですか? んー……」
頭の中で昨日も会った、彩花の事を思い返してみる。
正直彩花は親戚の贔屓目抜きにして可愛いと思うし、こんな俺の事を慕ってくれる稀有な人種だけど……。
「正直、おむつも変えた事あるし、妹か……下手したら娘位の感覚ですね」
ハハハと笑いながらそう言うと、何故か幸さんは頭を抱えて何事か呟いていた。
「……道のりは険しそうだな」
「ん? なにが険しいんですか?」
思わず疑問に思い、近付いてそう尋ねてみると、幸さんは肩を竦めながら首を振った。
「すいません、こっちの話です……でも、その子の事嫌いじゃないんすよね?」
そう尋ねられて俺は、当然首を縦に振った。
「それはそうだね。少し騒がしくて、やたらお節介を焼きたがるけど、さっきも言ったように妹の様に大事に思ってるからね」
僅かに照れながらそう言うと、幸さんも頷き返した。
「そっすか。あー、でもウチの友達にもいますよ、こっちが頼んで無いのに、勝手にお節介を焼きたがる奴が」
友達の事でも思い出したのか、クスクスと笑いながらそう言う彼女の顔は晴れやかで、幸さんが如何にその友人のことを信頼しているのかが垣間見えた気がした。
「実は、今日ウチが着てきた服もソイツが選んだものなんすよ」
そう言って、少し照れ臭そうに袖を引っ張る彼女を見て、思わずどおりで……と納得してしまった。
何となく、彼女の話方や雰囲気と洋服があってない気がしたから。
「あっ、いま武さん通りでって顔しましたね?」
「いや、そんなことは……」
そう、否定しようとして……辞めた。
何と無く、彼女に嘘をつきたくないと思ってしまったから。
「あるかもしれない……」
「はは、正直っすね。ウチもこんな服は似合わないって言ったんすけどね」
そんな風に言う彼女に、俺は慌てて首を振って否定する。
「いや、らしくはないなって思ったのは事実だけど、それはそれで似合ってると思うよ」
そう正直に感想を述べると、幸さんはパチクリとその大きな目を点にした後、またクスリと笑った。
「武さん、思ったよりも褒め上手ですね。そうやって女性を落としてきたんです?」
ニヤリと口の端を釣り上げた猫の様な顔で聞いてくる彼女に、俺は先程以上に首を横に振る。
「いやいや、女性を落とした事どころか、俺付き合ったことも無いから」
そんなことを口走ってしまい、直ぐに失敗したと焦る。
30代の男が付き合ったことすら無いと聞かされたら、普通はきみ悪がるだろうから……。
だが、彼女の反応は違っていた。
「ふふっ、そんな事大通りで叫ぶことじゃ無いっすよ。武さんって、面白い人っすね」
ツボにでもハマったのか、歩きながら目元と腹を抑える彼女を見て思わず頬をかく。
もし仮に、今俺が言ったことを他の人……例えば、会社の同期なんかが聞けばどうなって居ただろうか?
多分、いや確実にこちらの尊厳を踏み躙る勢いでバカにされたことだろう。
――人間として間違ってる
――そんなんだから仕事もできないんだ
――気持ち悪い
そんな言葉で。
きっと、彼女と同じ年頃の女性もきっと似たような反応をするはずだ。
……まぁ、少なくとも幸さん以外にもう1人若い女性の例外を知ってはいるけれど、彼女達はかなり特殊な部類に入るのだろう。
そんなことを考えている内に、ふとある事に気づく。
パッと見た印象や言葉遣いから、彼女――幸さんがUIさんと全くの別人の様に感じていたが、その本質は同じなんじゃ無いかと言うことに。
そう気づくと、途端に肩の荷が軽くなった気がした。
「武さん、突然立ち止まってどうかしたんすか?」
フワリとその金糸の様な髪を揺らしながら振り返る彼女の横顔を見て、俺は首を横に振る。
「いや、ゴメン。目的地までもうすぐだから、ちょっと急ごっか」
腕時計を確認して、もうすぐ開店時間が迫っている事に気づいた俺は、幸さんの歩くペースに合わせながら、少し早足で目的地へと向かった。
◇◇
幸さんと一緒に目的地に到着すると、そこには既に200人以上の人々が何やら期待した顔で列をなしているのが見えた。
ちなみに、彼らが並んでいるのはタワーレコーディング、通称タワレコと呼ばれる大手CD屋である。
「これは一体……?」
目をパチクリさせながら幸さんが彼らの様子を見ていたので、思わず俺は笑ってしまう。
「今日が何の日かって分かります?」
俺が幸さんへそう尋ねると、形の良い眉を潜めながら首を傾げた。
「何か大手アーティストがアルバムでも出したんすか? それにしても、このCDが売れない時代に、並んでまで買うってすごい熱意っすね」
俺たちが並んだ後にも次々と増えていく後続を見て肩をすくめる幸さんに、頷きを返す。
「確かにこの時代に、この熱量を生み出すのは改めて凄いと思いますね。ただ今日それを生み出してるのは、以前アプリで話した時に盛り上がった、幸さんも知ってるアーティストの方ですよ」
「ウチが知ってるアーティストですか?」
俺が言った言葉を今ひとつピンときていない顔で、幸さんが聞き返したのと同時店が開き、次々とお客さんが中へと入っていく。
その背中達をしばらく見ている内に見えてきた店頭には、デカデカと『幻の歌姫YUKIのCD入りました!』というポップが貼られていた。
「……はっ?」
そのポップを俺と同じタイミングで見た幸さんは、呆けた顔をしていた。
「反応を見るに、幸さんは今日がYUKIのCD発売日だって知らなかった感じですか?」
そう問いかけると、幸さんは首を横に振ったが、それでもまだ驚きを隠せない様子だった。
「いや……てっきり、隅っこで発売される程度だろうなって思ってたから衝撃で」
そんな風に視線を彷徨わせながら言う幸さんを見て、俺は同意する。
「まぁ確かにYUKIは取材とか一切受け無い位、徹底して動画以外のメディア露出を避けてるんで、コアなファン以外は本日発売なことさえ知らないですからね。でも、もし発売された事がネットで拡散すればこの3倍は並ぶと思ってますけど」
「3倍!? 流石にそれはないんじゃ?」
目を剥いて、俺の言った事に驚きを隠せない様子の幸さんだったが、俺はそんな彼女に対して店から出て来た人達の方を指示した。
「それは、彼らの表情を見れば答えは出てるんじゃないですか?」
「……っ」
俺が指さし、彼女が見た先には丁度CDを買い終えたのだろう女性たちが満面の笑顔ではしゃいでいる姿が見えた。
その後も店から出て来る男女、老若男女問わず彼ら、彼女らは満面の笑顔を浮かべていた。
「そう……っすか」
相槌を打った幸さんだったが、その顔は何処か曇っている様にみえる……。
以前聞いた時には、YUKIの熱烈なファンと聞いていたけど、もしかしたら俺の選択ミスか?
そう思ったものの、恐る恐る彼女に問いかけてみる。
「えーっと、その、もしかしてここに来るの嫌でしたか?」
俺がそう問いかけると、彼女は一瞬俺の顔を見て、少し複雑な顔で笑った。
「いや、そう言う訳じゃないんですけど……」
どこか納得のいかないような顔で、彼女は言葉を続ける。
「ただ、こんなこと言うのもアレなんすけど、素性も顔も分からない上に、ろくにメディアにも出てない様な奴よりも、折角お金出すならメジャーな人の方がいいんじゃないかなとか思ったりして」
そう言った幸さんの意図が、俺には今ひとつわからなかった。
彼女の顔を見れば、購入した人やファンの人を蔑んでいる物とはどこか違う、何かに悩んでいるような、それでいて酷く真剣な物だったため、俺も真剣に考える。
――なぜ、メジャーなアーティストじゃなくYUKIの曲を聞くのか?
当然、曲調や歌声が好きと言うのはあるだろう。
だが、完成度で言えば個人で作成しているYUKIよりも、きっとプロの作曲家が手がけたものの方が上なんだろう。
歌声についてはYUKIから天性のものを感じるけれど、プロの目から見れば甘いところがあるのかもしれない。
それでもなお、俺が……ここに並んでいる人達がYUKIの曲を聞く理由は……。
「多分、彼女の曲が、声が、弱者に寄り添ってくれるものだからだと俺は思います」
そう俺が告げると、幸さんはただでさえ大きい目を見開きながら俺を見てきたけど、構わず続ける。
「これはあくまで俺の想像なんですけど、多分YUKIさんも何か悩んでいた事や、やるせない事があって……そんな仮初じゃない本当の気持ちだからこそ、弱い部分を持った人達に響く者があるのかなって思うんですよ」
YUKIの包み込むようでありながら、どこか儚げな声は、職場やそれ以外でも散々な目にあってきた俺の心にずっと寄り添ってくれていた。
無責任に頑張れだとか、まだやれるだとかを歌うのでは無く、ただそっと背中を支えてくれる歌詞は、挫けて折れそうになる膝に少しだけ勇気をくれた。
その歌詞や歌声は、動画界では大成功とも言える百万再生という記録を突破しても変わることが無く、ずっと俺たちを――弱い人達を支え続けてくれた。
「……ふふっ」
思わず柄にもなく自分の思ったことをそのまま口に出すと、幸さんがクスリと笑ったのを見て我に帰る。
――うわぁ、俺って完全に痛いやつじゃん
そう思ったのも束の間、幸さんは俺に向けて突然頭を下げてきた。
「えっと、なんで突然頭を下げてるんです?」
突然の事態に頭が追いつかずにそう問いかけると、頭を上げた幸さんは一瞬時が止まったかと錯覚するほど素敵な笑顔で、笑いかけてきた。
「理由は……話せないんすけど、それでもスゴく嬉しかったんで。そんな風に、心からの言葉を言ってくれた武さんは。凄くいい人ですね」
先程までとは少し違う、澄んだ声でそう言われた俺は胸がドキリと跳ねると同時彼女の横顔に見とれてしまい、後ろに並ぶ人から声をかけられるまでその場でボウっと突っ立ってしまった。
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