第3話 待ち合わせに来た女性は、予想とは真逆のタイプでした

 9時15分。


 デートの約束の時間15分前に、俺は再び忠犬の像の前まで来ていた。


 30分前、果ては1時間前に来ようかとも思っていたが、昨日彩花からそれとなく「あんまり早すぎる時間に来ても、待たれてる側はしんどいから程々にした方が良いよ」との進言を受け、15分前にした。


 ただ、電車に揺られている間ずっと「来てくれなかったらどうしよう?」「直前で断られたらどうしよう?」なんて約体の無い事を考えていたのは止められない。


 ――ピコンッ


 最近耳慣れた、メッセージが届く音を聞いて、震える手でスマホを取り出して画面を見てみると。


 ――到着しました。オレンジのワンピースにサンダルを履いてます。


 そんなメッセージが届いて、慌てて周囲を見回してみるが、UIさんらしき人はいない。


 ……いや、一人オレンジのワンピースを着て携帯の画面を眺めている人はいたのだが、俺が想像していたUIういさん像とは、かなりかけ離れていた。


 陽光に照らされて金色に輝く腰ほどまでもある髪、切れ長で何処か鋭ささを感じさせる目元……にもかかわらず、その顔立ちはどこか気品が感じられて、スッと通った鼻筋や輪郭、凛と立って居る姿はカリスマ読者モデルの様だ。


 現に、何人かの女子高生と思われる集団が彼女のことをチラチラと窺っている。


「ねぇねぇ、あの子メッチャカッコ良くない?」


「どこかの読モかな? こっそり写真撮ってT〇itterで知ってる人探して見る?」


「大学生……って感じじゃないから、どこの高校に通ってるんだろう?」

 そんな周囲の女性陣の噂話を聞きながら、俺も1つ思ったことが有る。


 それは……俺にはどうみても彼女の立ち姿は、女子高生程度にしか見えなかったのだ。


まぁUIさんも年齢は19歳と書かれていたから、若くみられるならもしかして可能性は……なさそうだよな?


なんせ、周りの女性陣達も同じ感想を抱いている様なのだから。


 そんな事を考えている間にも、彼女の顔が携帯の画面や腕時計をチラチラと見ながら、ドンドン険しくなっている気がして……。


 ――ええい、もし間違ってたらビンタ覚悟で謝り倒すしかないな!


そう決めて、俺はUIさんと思われる女性に近づいていく。


「あの……ちょっとすいません」


 正直、カッコ悪いけど声が震えていた。


「あん?」


 俺の声が聞こえると同時、女性が携帯から目を上げ、胡乱そうな目で俺の方を見て来た。


 ……やべ、凄い逃げたくなってきた。


「えっと……もし違ってたら、本当に申し訳ないんですけど……あなたはUIさんですか?」


 一世一代の告白ばりにそう、女性に尋ねてみる。


 先ほどから心臓はバクバク言って、背中からは嫌な汗がとめどなく流れている……。


「UI?」


 俺に尋ねられた女性の方は、耳慣れない言葉を聞いたと言う様な顔をしており、その顔を見た俺は人違いを確信して謝ろうとした所で……。


「あー、UIね。うんうん。ウチがUIだわ。ってことは、アンタがTAKEさん? 言われてみれば、確かに写真で見た通りだわ。てっきり、変な奴に絡まれたと思って塩対応してスンマセン」


 何かを思い出した様に肯定し始めた後に、軽く頭を下げるUIさんに、思わず安堵すると同時、俺は内心驚きを隠せなかった。


 なんせ彼女の姿は、俺が想像していたUIさん像とはかけ離れた、絶賛青春満喫中の女子高生の様で、マッチングアプリなんて使いそうにも無いタイプに見えたから。


 現に、周囲のさっきまでUIさんを見ていた少女達が噂をしているのが聞こえて来る。


「えっ? 何、あのオッサン。アノ年でナンパ?」


「というか、あのギクシャクの仕方からして、レンタル彼女とかじゃない? あの人モテなさそうだし」


「あっ、それなら分かるかも!」


 そんな嘲笑交じりの声が聞こえて来るのを、下を向いてグッと堪え曖昧な笑顔を――会社で周囲に浮かべでいる作り笑いをしながらUIさんに声をかける。


「えっと……じゃあ人も増えて来たし、取り敢えずここから離れませんか? UIさん」


 俺の声は、先程声を掛けた時とは違った意味で――惨めさや情けなさで震えていたように思う。


 どうせ洋服を整えても、どれだけ髪型を固めて来ても、俺自身は何も変わらないんだ……その事を感じながら、俯きながら心を殺して歩き出そうとした時――ギュッと、俺の腕を捕まれた。


「え?」


 突然の事に頭が追い付かず、掴んできた腕を、そしてその腕の先にあるUIさんを見ると、本人もどこか驚いた様な顔をしていた。


 だが、その大きく見開かれた目が、細められたのを見て、咄嗟に頭を下げようとする前に、彼女は口を開くと同時頭を下げた。


「TAKEさん……いや、武さんでしたか? その、ごめんなさい」


「えっと……何で謝ってるんですか? 別に、UIさんが謝る様な事は無いと思いますが」


 俺がそう言い募るも、彼女は首を横に振った。


「いいや……いいえ、ウチ……私がこんな見た目なせいで、言われなくていい事を言われてたので」


 彼女がそう言いながら、俺と彼女の事を噂していた少女達の方を睨みつけると、少女達は気まずそうに目を反らした。


「いや、そんな……あの位の事、大した話じゃないですし」


 俺がそう言って、いつもの作り笑いをすると、UIさんはその顔を一層険しく――辛そうに歪めた。


「大した話じゃない、ですか。そうかもしれませんね……」


 ――凛とした声で話す彼女は、初めてみた時に感じた少女とはまるで違うように見えて……。


「でも、武さんの顔は辛そうでしたよ?」


 そう言って悲し気に微笑んだUIさんを見て、俺の中で押しとどめていた気持ちがフッと浮かんでくるのを感じた。


「そんなに……辛そうな顔に見えましたか?」


 明らかに年下で、しかも会って10分と経って居ない彼女にそう問い返すと、UIさんはコクリと頷いた。


「下手したら、このまま消えてしまうんじゃないかと思うくらいには」


 そう言って茶化す様に笑った彼女は、俺に一つ提案をして来た。


「あー……その、もし武さんが嫌じゃなかったら、ちょっと喫茶店で話でもどうっす……どうですか?」


 努めて明るく言う彼女の言葉に、俺はゆっくりと頷いた。


◇◇


 都内の随所にある喫茶店の2Fに陣取って対面で座った俺達は、それぞれが頼んだ飲み物を口に含んだ後、UIさんが気まずそうに頬をかいて切り出してきた。


「あの……すんません。いきなり、年下のガキにあんな事言われても正直困りますよね。……もし不愉快だったら、すぐに帰りますんで」


 そう言って席を立とうとした彼女に、俺は慌てて首を横に振った。


 何せ、彼女の事を微塵も不愉快だとは思わなかったのだから。


 寧ろ、あのように言ってくれた彼女に、初対面からハッキリと物を言う彼女に尊敬の念さえも覚えていた。


「いいや、こちらこそすいませんUIさん。わざわざこうやって来てくださったのに、辛気臭い顔なんてして」


 俺が頭を下げながらそう言うと、彼女は気恥ずかしそうに頬をかいた。


「あー、その武さん? ウチ、あんまUIって呼ばれる事になれてないんで、さちって呼んでもらってもいいすか?」


 先ほどまでの、凛とした雰囲気ではなく、まだ10代の少女――そう、丁度従妹の彩花の様に照れ笑いする彼女を見て思わず俺は噴出してしまった。


「えっ? ウチなんか変な事言いました?」

 見た目に似合わず戸惑った表情を見せる彼女を見て、俺は思わず何故か楽しくなって来る。


「いや、すいません。何だかUIさ――幸さんがそんな顔すると思ってなかったんで。それじゃあ、改めて俺の事は武と呼んで下さい」


 そう言って手を差し出し……そう言えば、女性に手を差し出したの何て何十年ぶりだろうと考えた時には、幸さんは屈託ない笑顔で俺と握手をした。


「改めてよろしくおねがいしますね、武さん」

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