第2.5話 XDay前日の彼女達

「あー、楽しかった! それにしても朝一のタケにぃのアノ焦った顔、傑作だったなぁ」


 お風呂上がりのパジャマ姿でベッドにダイブしながらスマホのロックを外すと、トップにタケにぃが慌ててアラートを止めている姿を撮った写真が映っている。


 ジーっとしばらくその写真を眺めながら、昔タケにぃに買ってもらった人形を抱いてゴロゴロしていると、着信が入った。


 表示された名前は、結ねぇ――ってヤバッ! 連絡する予定の時間を20分近くも過ぎてる!


「もしもーし? 彩花ちゃん?」


 私が通話ボタンを押すと同時、結ねぇの聞いているだけで落ち着く、ゆったりとした声が聞こえて来た。


「ごめんなさい、結ねぇ! すっかり連絡が遅くなっちゃって!」


 スマホ越しだけど姿勢を正して結ねぇに向かって頭を下げていると、クスクスという笑い声が漏れ聞こえて来た。


「ふふっ、連絡忘れちゃうのもしょうがないかなぁ……なんたって今日は、愛しのお兄ちゃんとのデートだったんだもんね?」


 そんな事を結ねぇが言ってきたので一瞬思考が硬直したけど……内容を理解した途端、耳まで熱くなってくるのを感じた。


「べ、べつに愛しの……なんて事ないですよ! ただの親戚のお兄さんに頼まれたからしょうがなく、そう、しょうがなく付き合ってただけです!」


「はいはい、今はそういう事にしといてあげるねー」


 そんな、私が言ったことを全く信じてなさそうな結ねぇの声色に、ちょっとムッとなるけれど、それもしょうがないのかもしれない。


 結ねぇには、タケにぃについてこれまで色々相談してきたのだから、とっくに私の気持ちなんて気づいてしまってるのだろう。


 ――ただの親戚に対する物とは違う感情を抱いている事なんて、とっくに……


 そんな事を考えていると、スマホからガサガサと物音がして結ねぇ以外の、耳慣れた少女の声が聞こえて来た。


「ったく、2人ともいつまで訳わかんない事をくっちゃべってんだ? お姉ちゃ……姉貴が用があるっつうからわざわざ部屋まで来たってのに」


 はすっぱな、人によっては口汚く聞こえるその声は、私の良く知る親友の物だった。


「さっちゃん、結ねぇの部屋に来てたんだ?」


 そう私が訪ねると、深いため息が漏れ聞こえて来た。


「だーら、さっちゃんはやめろって言ってんだろ彩花?」


「えー、でも今更幼馴染のことを幸ちゃんなんて呼ぶのも変じゃない?」


「いや、だーら、ちゃんづけをヤメレ?」


 呆れたような声でさっちゃんはそう言うけど、私は知ってる。


 さっちゃんは、見た目と態度に反して意外と押しに弱い子だと言う事を。


「まぁまぁ二人とも、その話は一旦ストップして、本来の話をしましょう?」


 そう結ねぇが言うと、「ったく、なんか話があんなら早くしてくれ」と言いながら、さっちゃんがボフンと何か柔らかい物に座る音が聞こえた。


 さっちゃんの事だからきっと、あぐら姿で結ねぇの部屋のクッションにでも座ったんだと思う。


「ふふっ、そうね。今日2人……と言うより、幸ちゃんに来てもらったのは、あるお願いを聞いて欲しかったからなの」


 先程までとは一転して、少し真剣な声色で結ねぇが言うのを聞いて、思わず私の喉がコクリとなった。


 ーー大丈夫、これはただタケにぃを励ますためのお芝居なんだから……


「んだよ、今更そんなかしこまって。もしかして彩花と通話してんのもなんか関係あんの?」


「うん。私と、結ねぇ2人からのお願い」


 私も努めて真剣な声色でそう言うけれど、声が僅かに掠れてしまい……さっちゃんの深いため息が聞いたと同時、思わず胸がドキリとする。


「ったく、そんな緊張した声出すなって。ウチがやれることなら、なんだってやってやるから」


 さっちゃんが安心させる様に私たちにそう言うのを聞いて――少し胸が痛んだ。


 同時に、思わず自己嫌悪する。


 さっちゃんは状況も分からない中引き受けてくれただけで、微塵も悪くないのに。


 それでも本音の所では……本当は、さっちゃんにこんなお願いしたわけじゃ無い。


 こんなこと言ったら、さっちゃんに失礼なのは分かってるけど、自分の気持ちに嘘は付けない。


 ――だって、本当は私がタケにぃのことを……


「私と彩花ちゃんから、さっちゃんにお願いしたいことって言うのは、私の代わりにある人と明日デートに行って来て欲しいの」


「……は?」


 そんな、少し間の抜けたさっちゃんの声が、私の部屋に響き渡り……その声は、いつまでも私の耳に残り続けた。

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