第2話 JK従妹と行く買い物は今日もお金がかかるようです。

 UIさんとのデートを控えた前日の土曜日、俺は殆ど来たことがない繁華街へと繰出していた。


 とは言え基本引きこもり体質の俺だが、自身の趣味である漫画やゲームの為なら外に出ることも辞さないのだけれど……今日だけは話が別だ。


 なんせ今日これから向かう先は、洋服屋。


 しかも、「しまむ〇」や「ユニク〇」と言った普段行っているファストファッションの店ではなく、1人で入るのには躊躇する類のセレクトショップだ。


 正直、これまでそんな店に入ったことも無いため不安しか無いが……そこは、アドバイザーを雇ったから問題ないだろう。


「……しっかし、ここは相変わらず人が多いな」


 思わずそう呟きながら周辺――忠犬の像の前でスマホの画面を眺めたり、待ち合わせをしている人々を見ていると、しみじみそう思わずには居られない。


 地方であれば祭りの時にしか見られない程の人混みが、ここでは日常茶飯事だ。


 しかもその人々が、それぞれ思い思いの言葉を大声で話し、好き勝手な恰好をしているのだから、俺のような引きこもりは小さく縮こまっているしかない。


 何となく居たたまれない気持ちになり、風景と同化しながらスマホでニュースサイトを眺めていると、あらかじめセットしていたお気に入りのアーティスト――YUKIの曲のアラートが鳴り響いた。


「やべっ」


 慌ててアラートを消すも、響き渡った電子音に、一瞬周囲が俺の方へと向いて来るが……すぐに冴えないオッサンへの興味を無くしたのか、各々また好き勝手な話をし始めた。


「ふぅ……やばかった」


「何がヤバかったの?」


 突然背後からそう声をかけられたので、勢いよく振り返ると……そこには、キャスケット帽を目深にかぶり、Gジャンにワンピース姿の見慣れた少女が立っていた。


「いや、別になんでもないって。それより彩花、いつからお前はソコに居たんだ?」


 俺の胸辺りまでしかない身長の少女――渡辺 彩花(さやか)にそう尋ねると、首をパタリと可愛く傾げた後、口を開く。


「んー、大体タケにぃが手持無沙汰になってサイト巡回を始めた辺り?」


「いや、それって10分以上前じゃねぇか! なんで声かけねぇんだよ!」


「にゃははー、大都会に一人取り残されたタケにぃが、どんな反応するかを見たかったんだよね!」


「おまっ、性格悪っ! てか、いい加減タケにぃは辞めろって、変な誤解されんだろ!」


 にひひと、口元を釣り上げながら上目遣いに笑っている彩花の声がデカいのと聞き取りやすいのが相まって、アラートを鳴らした時が可愛く思えるほどの注目を俺達は集めていた。


「おい、あそこ見てみろよ。アノ子、メッチャ可愛くね? 声かけに行こうぜ」


「確かにマジでレベル高いよな。アイドルかなんかか?」


「ってか、あの子何であんなオッサン何かと一緒にいるんだよ? 兄妹って年ても無さそうだし、事務所のマネージャーかなんか?」


 ……とまぁ、ただでさえアイドル級な容姿のせいで注目を集める彩花が、冴えないオッサンと親しそうに話をしていたら、いぶかしむ声が聞こえて来るのも無理ないことだろう。


 だがそんな男どもの羨望とも嫉妬とも取れるような視線と共に、「援助交際」だの「脅迫」だの胡散臭い声が聞こえ始めてきたので、彩花の名誉のためにも早めに退散した方が良いのかも知れない……と言うか、脅迫ってなんだよ! 俺はそんな悪人面じゃねぇよ!


「はぁ、もうさっさと行くぞ」


 この場の空気と視線にいたたまれなくなって、俺がそそくさと歩き始めると、背中に彩花から非難めいた声がかけられた


「ちょっと待ってってば、タケにぃ。せっかくおめかしして来たのに、感想とかないの? ……っ、本当にもう! この卑怯者! ろくでなし! 女の敵!」


 そんな風に罵る彩花の声を聴いて周囲が一層ざわつくのを感じて、俺は更に進む足を速めた。


 というか彩花の奴、高校入学してから声量がまた一段と増えたんじゃないか?


 部活に入ったって話は聞いて無いけど、吹奏楽部か水泳部にでも入ったんかな?


「ちょっとタケにぃ聞いてる!? もう、タケにぃってば!!」


 追いついて来て俺の服の袖を引っ張りながら文句言ってくる彩花を無視しながら、そんな詮無いことを考えられずにはいられない、土曜日の朝だった。



「んー、こっちのグレーのジャケットも良いけど、こっちも捨てがたいなぁ。タケにぃはどっちの方が良い?」


 そう言って彩花が俺の体にジャケット2枚を当てながら、思案顔で質問して来た。

 と言うか自分が買う訳でも無いのに、コイツは良くそんなに真剣に悩めるよな……。


「……いや、そんなこと言われても正直洋服とか分かんねぇしなぁ。ただ、どっちが好きかって言われたらグレーかな?」


 肩を竦めながら答えつつ、二つのジャケットの値札を確認して、軽く眩暈がした。


A〇YAMAのスーツ2着分位するジャケットなんて、一体誰が買うんだろうか?


 まぁ、幸い一人身で余り金のかかる趣味をして来なかったから、買う分には買えるんだけどさ……。


「うーん……本当は他にも買いたいところだけど、今日の所はこれに合わせられるTシャツと、スキニーのパンツを買いに行こうか?」


 そんな風に俺の確認を取ること無く、問答無用でレジに高級(俺基準)ジャケットを持って行く彩花に思わず聞き返す。


「一応、Tシャツとかならあるんだが……」


 そう言うと、彩花の大きな目が細まった。


「それって、首回りがヨレヨレだったり、変な英語が書いてたりする奴だよね?」


 彩花のそんな言葉に思わずギクリとする。


 確かにTシャツ何てなんでもいいだろうと、適当に選んだものを着まわしているから何も言えない。


「んもう、固まって無いで取り敢えず早く買って次行こ!」


彩花に背中を押されたので、しょうがなく満面の笑みをした店員へクレジットカードを渡し、ジャケット台を払い終えると、店員に見送られながら店を後にする。


「それにしてもタケにぃ、明日デートなのに前日服を買いに来るなんて、相変わらずダメダメだなぁ」


 ひょこひょこと俺の後をついて来る彩花がそう言ったのを聞いて、俺は思わず首を捻りながら彩花の方を振り返った。


「あれ? 俺ってお前に明日デートだって言ってたっけ?」


 そう尋ねると、彩花が小さく「やばっ」と漏らし、しばらく固まった後、わざとらしく首をコテンとかしげた。


「たっ、タケにぃはそんなことも忘れちゃったの? 昨日電話で私に自慢してたじゃん。日曜日は人生初デートだって」


「そう……だったか?」


「うん、そうそう。絶対そう……。あっ、なんか買い物してたらお腹減ってきちゃったから、お店探そっか? きっとタケにぃもお腹減ったよね? あっ、そう言えば友達に勧められたお店があったんだった、ソコ行こソコ!」


 一呼吸でまくしたてるようにそう言って、あからさまに話題を反らしつつ前を歩く彩花に、一瞬疑問を持ったものの、言いたくないなら事情があるなら、無理に聞き出さなくてもよいかと思い放っておくことにした。


 なお、彩花がやたらと高級そうなレストランで食べたいと連呼してきたが却下し、俺達はファミレスに入ることにした。


 ……まぁ、それでも2千円位飛んで行ったわけなんだけど。


 そんな軽くなってしまった財布を仕舞いながら、明日のデートへの不安を押し殺すために、俺は胸ポケットからイヤホンを取り出し、お気に入りのYUKIの曲をかける。


 ――弱くてもいい、強くなれなくてもいい、それが僕たちなんだ


 アップテンポな伴奏とともに始まるその歌詞に、何度となく聞き、助けられてきた彼女の声に聞き入りながら家路についた。

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