5話 倉田柚希 ⑤
素敵な いい結婚式だったな。
田坂の幸せそうな顔を見れて本当に良かった。
私は1人、春木公園に来ていた。
穏やかな秋の夕陽に照らされて、木々の紅葉がひときわ鮮やかに美しかった。
池の水面も、赤や黄色に燃えていた。
懐かしい。
ここは全然 変わってないな。
何年も経っているのに、何も変わらないなんて、ここだけ時が止まっていたみたい。
落ち葉を踏みながら、池の周りを一周し、ベンチに腰をおろした。
そして、えいちゃんのお母さんから渡された手紙を開けて読むことにした。
ゆきへ
今日の、朋徳の結婚式、俺すっごく楽しみにしてたんだ。
久しぶりにゆきに会えるのも、嬉しいし、緊張するし、席隣りなんて、何から どう話そうかと考えていた。
妻の陣痛が予定日より2週間も早くくるなんて思わなかったよ。
今、この手紙を病院で書いています。
あとで、母さんに頼んで、ゆきに渡してもらおうと思ってるよ。
ゆき、ごめん。
今更だけど、謝らせてほしいんだ。
本当にごめん。
ゆきのこと、泣かせるようなことしないって約束したのに、守れなかった。
傷つけて、たぶん いっぱい泣かせたね。
ごめんな。
この間、朋徳に聞いたよ。
ゆきが俺に “ありがとう。幸せでいてね。”
って言っていたと。
涙が出たよ。
俺のことを許してくれてるなんて……
俺のことは、顔も見たくないくらい憎まれていると思ってた。
ゆき、俺の方こそ、ゆきに ありがとうって思ってるよ。
ゆきは、朋徳のことが好きだったのに、俺と付き合ってくれて。
ゆきと付き合えて すごく 嬉しかったし、楽しかったし、幸せだった。
去年、ゆきが朋徳に告白したって聞いて、あぁ良かったなぁって思ったよ。
告白して、たぶん ゆきは、自分の気持ちを納得させられたんだと思うんだ。
朋徳は、今 幸せにしてる ゆきを惑わせるようなことはしたくないって、本当のことは言わなかったみたいだけど、俺は、今のゆきが幸せならばこそ、本当のことを伝えてもグラつくことはないって思ってるよ。
ゆき
スピーチでも書いたけど、中1の時に朋徳が初めて好きになった初恋の人は ゆきだったんだ。
中1の夏休みに朋徳から聞いて、応援しながら 俺も意識してゆきを見るようになった。
朋徳とゆきが話してる時は、俺はちょっと離れて2人を見ていたよ。
すごく楽しそうに笑ってる ゆきの笑顔はまぶしかったよ。
冬休み明け、その笑顔が見られなくなって、バレンタインデーの夜、朋徳から冬休みのことを聞いた。
本当は、ゆきのことを好きだって言いたかったけど、伊藤がいたから言えなかったって。
ゆきは誤解して、朋徳を無視するようになって、他の男子にも変なウワサをたてられるし、もうツライからゆきのことを諦めるって、そう言った。
そんな簡単に諦めんなよ!って言ったら、
ひろにはわかんねーよ!!1度でも本気でホレたことあんのかよ!わかんねーくせに口出しすんなよ!!って。あいつ怒鳴ったんだ。
朋徳がそんな風に怒鳴るのは初めてだった。
それ以降も1度もないよ。
そのあと、何人かの人と 付き合っては別れて、ゆきのことをどうにか忘れようとしている感じだった。
朋徳は、本当にゆきのこと 大好きだったんだ。
朋徳が、ゆきのことを諦めるって言ってから、余計に俺はゆきのことが気になって、いつも見ていたよ。
いつの間にか、ゆきのことを 好きになっていた。
朋徳がいなかったら、俺がゆきのことを好きになることはなかったかもしれない。
俺は、もう1度、ゆきの笑顔が見たいと思っていた。
中2の秋、突然チャンスが訪れて、ゆきに告白した。
1週間後、ゆきの返事は、驚くべき内容だった。
田坂のことが好きだった。
でも、片思いだから、諦めて忘れようとしてる。だけど、まだ未練はあるのかもしれないってことだった。
びっくりした。
中野も、朋徳のことを好きだったなんて。
その時、朋徳は横田さんと付き合っていたけど、これを教えたら、横田さんと別れて中野と付き合いたいって思うんじゃないだろうか……
だから……言えなかった……
ゆきにも本当のことは伝えなかった。
俺は、それでもいい、朋徳への未練は、俺が忘れさせてやるって、そう言ったよね。
ごめんな。
本当のこと、ゆきにも朋徳にも伝えなかった。
2人は両思いだったのに……
あの時、ゆきから朋徳のことを聞いた時、本当のことを伝えて、ゆきの背中を押してやるべきだった。
朋徳の想いも、ゆきの未練も知りながら、2人にその想いを伝えなかった……
初めて好きになった ゆきのことを、どんなことをしても手に入れたかったんだ。
本当のことを伝えられなかった時点で、俺は朋徳に負けていた。
ずっと そうだ。
朋徳には勝てない。
ゆきと付き合うことになって、勝ったような気がした。
でも、いつも不安だった。
ゆきがいつか俺のことをふって、朋徳のところへ行ってしまうんじゃないかって不安だった。
朋徳が、ゆきに想いを伝えて、俺からゆきを奪っていくんじゃないかって不安だった。
高校3年の時だったかな、1度だけ俺はゆきに朋徳のことを聞いたよね。憶えてるかな。
「朋徳のどこが好きだったの?」
って。
ゆきは少し困った顔をして、
「う〜ん……どこが良かったのかな。
自分でもよくわからないんだよね。
私の好きなタイプじゃないんだけどな。
若かったな」
と笑った。
「何がいいんだろうな……」
中1の夏休みに朋徳もそう言ってたよ。
俺には、その理由がなんだか わかる気がしていた。
見た目がどうとか、性格がどうとか、そんなことじゃなくて、清らかな心と心が共鳴した。
惹かれ合ったんだろう。
ゆきと朋徳は、なんだか似てるんだ。
芯の部分が。
俺にはない清らかな感覚。
俺は、そんな清らかさに惹かれ、羨み、嫉妬した。
ひとつになるはずだった清らかな流れをせき止め、2度と交わることがないようにしてしまった。
何年か経って、高校の頃、朋徳にはそのことを話して詫びた。
俺は卑怯者だったと謝った。
朋徳は、そんなの卑怯じゃないって、恋のかけひきだろって言ってくれた。
俺も中野も、かけひきは苦手なタイプだから、もし付き合ってもうまくはいかなかったよ。
と、言っていた。
俺は、ゆきにも本当のことを伝えなきゃって、ずっと思っていた。
でも、まっすぐな性格のゆきに、本当のことを伝える勇気がなかったんだ。
俺のことを嫌いになってしまうかもしれない。
ゆきを失いたくなくて、最後まで言えなかった。ごめん。
朋徳は、今のゆきがすごく幸せそうだったって。
だから、自分も好きだったなんて言えなかったって。
でも、俺は、今のゆきが幸せならばこそ、大丈夫だって思ってるよ。
ずっと言えなくて、なんとなく ゆきに後ろめたい思いがしていた。
これで、俺も気持ちが楽になれるよ。
だけど、これだけは言わせてほしい。
本当に心からゆきのことを愛してた。
大好きだったよ。
誰にも負けないくらい、朋徳にも負けないくらい
大好きだったよ。
初めて中学で出会ってから26年になるのかな。
長かったな。
今では3人、別々の人生を生きているけど、本当にいい思い出だよ。
ゆき
いつか、笑って話せる時がくるだろうか。
俺たちは、同級生だから、何年後、何十年後かには、同級会で会えるかもしれないな。
そんな日を楽しみにしているよ。
俺も、朋徳も、ゆきの笑顔が大好きだ。
いつまでも
いつまでも、幸せで笑っていてほしい。
矢沢弘人
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