第5章 1話 倉田柚希 ①

 6月18日  結婚記念日


 とおると結婚して10年が経った。

私は36歳。

長男の峻は8歳、次男の奏は3歳になった。


「今 終わったから、時間通りに店の前で待ち合わせしよ」

「うん、わかった」


とおるが、ちょっといいレストランを予約してくれていた。

子供を連れて行くの大丈夫かなって心配だけど、私も少しドレスアップして出掛けることにした。


外壁にぎっしりとツタの葉が絡みついていて、こじんまりとした古い建物のフレンチの店だった。

店に入ると、モスグリーンのジャケットが、ものすごくお似合いの、中年の店員さんが出迎えてくれて、予約席のテーブルに案内してくれた。

落ち着いた内装。

壁には額に入った絵画が何ヶ所か飾られている。

ステンドグラスの窓もきれいだ。

店の真ん中にグランドピアノが置かれている。


「素敵なお店だね」


「いつも仕事帰りに、店の前を通るんだけど、結構お客さん入ってんなぁって思ってたんだ。

なんか、高そうだから連れてこれなかったけど、10年の記念日だからね!いいかなと思ってさ」 

と、とおるが小さな声で言った。


「高いの?」

私も小さな声で聞いた。


「それがさ、電話して聞いてみたら、意外とそうでもなくて、7000円のコースからあってさ、あっ、でも今日10000円のコースにしちゃったけど。

あと、おこさま用のメニュー3000円のセットを2人分」

 

「ありがとう。とおる」


「ううん、こちらこそ。

いつもありがとう ゆき」


「ね〜〜!!ママ〜〜!!ドリンクバーないね!!」

と、キョロキョロ見渡しながら、峻が言った。


「あはははは!レストランって言ったら、いつもファミレスだもんな! 

峻、ここは高級レストランなんだよ!」

と、とおるが優しく言った。


「こーきゅー!!こーきゅー!!」

と、手を叩いて奏が笑うから恥ずかしかった。

 

ちょうど、前菜とお子様メニューのプレートが運ばれてきて、

「うるさくて、すみません」

と言うと、


「全然大丈夫ですよ。

皆さん思い思いにお喋りを楽しんでおられますので、お気になさらず」

と言ってくれた。


客は、私達の他に3組いた。

いかにもデートという感じの若いカップル。

中学生くらいの女の子と、お父さんお母さん。

男女6人の中年グループ。

このグループが、割と大きな声で話が盛り上がっているので、多少騒いでも平気かなと安心した。


とても美味しいお料理だった。 

子供生まれてから初めてだな。

こんな、ちゃんとしたところに食べにきたの。

独身の頃は、デートでフレンチやイタリアン、懐石料理のお店とかも行ったりしたけど、結婚して子供が生まれてからは、外食自体も減ったし、

行くとしても、ファミレスか、回転寿司か、ショッピングモールのフードコートか、だもんな。

それが不満と言うこともない。

独身の時には、わからなかったけど、子供中心の生活はそれはそれで楽しいものだった。

自分が食べるよりも、まず峻に食べさせる。

小さかった時は、私のをあーんってスプーンで食べさせていた。

そんな峻も少し大きくなって、小皿に取り分けて渡すと自分で食べられるようになった。

次男の奏が生まれてからは、私は今度は奏に付きっきりで。

5つ年が離れているから、峻はお兄ちゃんらしく自分でなんでもできるようになって、奏は次男らしく、なんでもお兄ちゃんのマネをして、そして器用になんでもできる。

まだ3歳だけど、自分で食べられるし、トイレも1人でできるし、着替えも出来る。

赤ちゃんで大変なんて時期は、ほんの一瞬で終わった感じだ。

来年は、幼稚園に入る。

また、出来ることが増えていくだろうな。


メインの肉料理の皿が運ばれてきたところで、ピアノとフルートの生演奏が始まった。

近くの音大に通う学生さんだという。

昔からクラシックの音楽が好きだったから、生演奏はすごくテンションあがった。

何曲かやったあとに、リクエストの曲を演奏してくれると言う。

フルートのおねえさんが私達のテーブルに来てくれた。


「なにか、リクエストはありますか?」

「なんでも出来ちゃうんですか?」

と、とおるが聞いた。

「ビートルズや、ディズニー系、スタジオジブリとかなら何でも出来ます!」

「へぇ〜!すごいですね!!なにがいいかな〜」と、私の顔を見た。

「う〜ん、そうだね。迷うね」

と、私が言うと

「星にねがいを!!ママが好きな曲だから!」

と、峻が言った。

「はい!できますよ!」

おねえさんはニッコリ笑ってそう言うと、ゆったりとした感じで、フルートを吹き始めた。


星に願いを


えいちゃんの携帯の着信音だった。

そもそもは、私がこの曲を好きだって言って、

じゃぁそれにしよ!って、えいちゃんが着信音にしていた。

これを聴くと、完全にえいちゃんを連想してしまうから、逆にあまり聴くことはなかったと思う。

なのに、いつ峻にこの曲が好きだなんて言ったのかな?記憶にない。

でも、私がきっと峻に言ったんだろう。

ママが好きな曲だよって。

それを覚えていてくれて、リクエストしてくれた峻を本当に愛おしいと思った。

いつの間にか、こんなにもお兄ちゃんになったんだな。


フルートの演奏が終わって、

「峻、ありがとね。

ママの好きな曲を頼んでくれて。

すごい、嬉しかったよ」

と伝えた。


「いいんだよ。

だって、今日は、ママとパパのおめでとうの日なんだから!」


まっすぐな瞳で私を見て、そう言った。

ありがとう。

心からそう思った。

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