13話 倉田柚希 ⑦

 9月のある日、いつも通りかかっては見ていた駅ビルの花屋さんにパートアルバイト急募の貼り紙が貼られていた。

履歴書も何も持っていなかったけど、そのままアルバイト希望です!と店長さんに伝え、軽く面接をしてもらって、即 採用してもらった。


時給は900円。

3ヶ月経ったら930円と言われたけど、それはどうでも良かった。

家で1人でいると、ついついえいちゃんのことを考えてしまう。

そして、泣いていた。

いい加減これではいけないと思っていたところだった。


私は、花が好きだ。

高校で、華道もやっていたし、市民講座みたいので、フラワーアレンジメントコースの講座に通ったりしていた。

だから、花屋さんでアルバイトできるってだけで嬉しかった。


駅ビル内だから、通学帰りにちょうど寄れるし。

短大の講義が終われば、バイトに直行した。

学校にいる時間よりも、駅ビルにいる時間の方が確実に長かった。

大好きな花に囲まれて働くことができるのは楽しかった。

傷ついた心も癒やされるような気がした。


私がバイトしている花屋の、通路を挟んで向かいの服屋で桂吾がバイトしていた。

高校からバイトしているというフリーターだった。

まったく、私のタイプではなかったし、共通の話題は なさそうだし、そもそも私は人見知りだから、話をすることはなかった。

お疲れ様ですとか挨拶するくらい。

桂吾から話しかけられることもなかった。

特に気にするわけでもなかったけど、真ん前にいるから目に入る。

人気者だなって思った。

学校にこうゆう人って、1人はいるよね。

なんかみんなの中心にいる人。

フザケてるわけじゃなくて、そうゆう接客なんだろうけど、だいたいいつもお客さんとお喋りしてる。

一緒に写真撮ったり、握手したり、ハグしてたり。

じゃ〜ね〜!また来てね〜!って、

とにかく、行動がチャラい。

まぁ、モテる人なんだなと思っていた。


 11月

 そんな桂吾と2人で海に行った。

私から、誘った。

何を考えて桂吾を誘ったのか?

……たぶん、何も考えてなかった……

その日、えいちゃんとの記念日の日で、気持ちがかなり沈んでいた。

バイト中なのに、えいちゃんのことばかり考えて涙ぐんでしまう。

はぁ…………ダメだ……海が見たいな………

顔をあげたら、すぐ近くに桂吾がいて目が合った。


「海を見に行きませんか?」


初めての会話は、私から誘った形だった。

桂吾は、びっくりしたような表情をして、

「あぁ、いいよ」

と言った。

気をつかってくれたのか、自分が誰かに見られたらマズかったのか、仕事終わったら、ここへ車で行くからと、ちょっと離れたコンビニを指定されて待ち合わせた。

後部座席に座ろうかと思ったけど、さすがに助手席か、と思って隣りに乗った。

父親以外の男の人の車の助手席に初めて座った。

何も話すことないし、私は黙って外を見ていた。

桂吾も一言も喋らない。

いつも、あれだけ女の子とお喋りしてるのに、私にはよっぽど興味もないんだなと思った。

それなのに、海には一緒に行ってくれるんだ?

遠いのに……

普段聴いたことないような洋楽のハードロックの曲を爆音でかけていた。

気がまぎれて、ちょうどありがたかった。


海に着いた。

海が見たいって言ったけど、こうゆう感じのところとは思わなかった。

海岸ってゆうより岸壁って感じで、辺りには灯りもなく、人気もなく、ザバーン!!ザバーン!!と荒い波が岩肌に打ち付ける音だけが響いていた。

車を降りて、岸壁の先端へ一歩二歩と進んだ。

怖いくらいだった。

のみ込まれそうだった。

それも いいか……

いっそ ここで……

そんな気になりかけた。

その瞬間、ジャッバーーーン!!!!って、桂吾が海に落ちていた。

飛び降りたのか、何かに引きずりこまれたのか

わからないけど、5メートルくらいの崖から海に落ちた。

桂吾が自力で、なんとか崖を這い上がってきた。

手とか すり傷だらけだった。

ホッとしたのと、申し訳無いのとで涙があふれて止まらなかった。

私の代わりに落ちたのだと思った。

私がのみ込まれてしまいたいって思ったからだと。

桂吾だったから、這い上がってこれたけど、私が落ちていたら、きっと助からなかった。

桂吾に助けられたと思った。

11月の夜の海、全身びしょ濡れでガタガタと震えている。

ラブホ入っていい?と聞かれた。

こんな状態なのに、嫌だとは言えなかった。

ラブホに行くということは、そうゆうことになるのだろうと覚悟した。

この人が、私のはじめての人になるんだな……

うん、いいよ と答えた。


私は初めてで何もわからなかったから、経験豊富であろう桂吾にすべて身を任せた。

初めてのセックスは、怖いし、痛いし、好きな人でもないし、ギュッと目をつむっていた。

ただ終わったという感じだった。

それで、もう終わりで、1度きりの関係で良かったのに、なんでそのあとも続いたのか?

寂しかったからか……

寂しかった。

本当に寂しかった。



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