12話 倉田柚希 ⑥
結婚して家を出ても、そのままにしてくれている自分の部屋に戻り、ベッドに腰掛けた。
そして、加寿に渡された雑誌を、ペラペラとめくってみた。
桂吾
本当に桂吾だった。
しかも、すごくかっこいい。
こんな雑誌に載るような有名人になってたんだ〜。
写真映りいいな。
素がいいからか。
確かに桂吾は、かっこよかったよな。
これ!
ページをめくる手を止めた。
すごくいい写真。
私が1番好きな花、八重咲のトルコギキョウ。
濃い紫色の。
深い深い紫。
それを1輪 手にしている。
その花を、優しいまなざしで見つめている。
愛おしそうに。
キスをする前の顔みたいに。
しばらく、みつめてしまった。
桂吾
はぁ……
次のページでまた手が止まった。
あれっ?この人!
えっ?
ボーカルの人?
この人って……確か、花屋で、おつりを渡そうとしたら
「ごめんなさい。目が悪くて、距離感つかめなくて」
って、手を握られた。
なに?超イケボ!!って思って顔を見上げたら、超イケメンで、びっくりした。
あの時のお客さん?
身長高くて、こんなモデルみたいな人、長野にいるの?って思った。
あの時の。
あれ!!
えっ!?
ってゆうか!この人たち!
桂吾のバンドメンバーだったの!?
なんか、不思議な質問いっぱいされたけど。
みんなで花屋に私を偵察に来たってこと?
え〜〜っ!!
10年近く前のことだけど……
なんか、衝撃的なんだけど……
あ!ってか、CD聴かなくちゃ!!
慌てて、CDをプレーヤーにセットした。
再生
13曲をただ静かに聴いた。
片手間じゃなく、CDをこんなにしっかり聴いたの初めてかも。
歌詞カードを見てみた。
ALL Words & Music by Keigo Sudo
すべての曲を桂吾が書いてる。
こんな人だったんだ。
改めて、私は桂吾のことを何も知らなかったんだなと思った。
上辺だけを見て、チャラい男って思っていた。
チャラい男を装って、真面目な部分や真剣さを隠して、フワフワした男を演じていたのか。
ボーカルは別の人だから、桂吾の声で言われてるわけじゃないけど、これが桂吾の想いなのか……
13曲聴き終わって、胸が締め付けられるようだった。
長い長い、ラブレターをもらったようだった。
桂吾……
『こうやって、何回もHしてるけど、俺にホレないわけ?いつになったら、俺にマジになるかな〜って思ってんだけど』
そう言ってたな。
いつも、本気になりそうだったよ
いつも、好きになりそうだったよ
でも、違う違う!これは錯覚だから!!って打ち消していた。
本気になるのが、怖かった。
好きになるのが、怖かった。
信じて、裏切られるのが、怖かった。
だから、信じないようにしていた。
「おまえのことセフレなんて思ったこと、一度もないから」
「彼女の席はあいてんの!だから、おまえ俺の彼女になれよ!」
「いっそ、はらまして結婚したいな!おまえと!」
思い起こせば、いろいろ思い出せる。
桂吾は、私に気持ちを伝えてくれていた。
私は、そんな言葉をいつも笑って聞き流していた。
ひどい女……
桂吾
いつもチャラチャラしてた。
いつも遊びの女がいっぱいいた。
好きだなんて言って始まった関係じゃなかったし、私は寂しさをうめる為。
桂吾は、タダ飯、タダ酒、タダでヤレる金のかからない女ってふうに思ってるんだと思ってた。
お互いに、割り切った付き合いだったんじゃなかったの?
あの頃の私は、もう本気で人を好きになることはないだろうと思っていた。
本気になって、傷つくことが怖かった。
桂吾の遊びの女の中の1人。そんな立場がラクだと思っていた。
いつもフザケたこと言ってて、真剣な話もしたことなかったけど、自分が傷つきたくないって付き合いで、桂吾のことを傷つけていたのかな私……
あの頃の私は……
えいちゃんにフラレて、身も心もボロボロだった。
短大は、何日休んだのだろう。
家にいるわけにもいなかったから、学校に行くように家を出て、私は春木公園にいた。
青々とした枝葉が元気よく広がり、涼しい日陰をつくってくれていた。
ベンチに座ると、えいちゃんとの思い出が一気に湧き出てきて、私は声を出して泣いた。
でも、その声はセミとカエルの大合唱の中に掻き消されていた。
何日も何日も、誰にも会いたくなかったし、とても勉強できる状態ではなかった。
ちょうど短大の前期の試験前で大事な時期だった。
テストは、悲惨な結果だった。
酷い点だった。
高校時代、成績が良かっただけに、この結果には自分でもショックだった。
10点台、20点台……4科目合計しても100点くらい……こんな点数初めて見たよ……
短大生活は、もっと楽しいだろうと思っていた。
遠距離だけど、電話で話したり、週末にはえいちゃんの案内で東京でデートしたり、少しメイクしてオシャレしたり、なんか、そんな毎日を想像していた。
それなのに、えいちゃんにはフラレ、勉強にはついていけず、なんの楽しみもない毎日をただただ過ごしていた。
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