29話 倉田亨 ⑭

 ゆきの高校3年の春の大会。


個人戦のトーナメント表が事前に渡された。

中野先輩の1回戦の相手は、佐古高校の敷石ケ濱。

まず、なんて、読むんだろうって思った。

練習試合をした時にも、こんな人いなかったのに。

学年を見ると3年とある。

佐古は、部員数も多いから、まぁこんな人もいたのか〜ってくらいにしか思わなかった。


 試合当日、ウォーミングアップ的な練習をしているところを見に行った。

小柄な選手だった。

150センチないなって感じ。

ちょこまか動くが、打ちのスピードは早くはない。

体格も、スピードも、パワーも、技量も、すべて中野先輩の方が上だろ!と思った。

佐古で言うなら、去年の秋の大会で3位決定戦で当たった、吉川の方が強いだろ。

じゃ、2回戦で当たるだろう北長野高校の下澤を見た方がいいな!と思った。

4回勝ったら、ベスト4。

秋の大会くらいに勝ち進めば、優勝も狙えるくらいだろうと、思っていた。

秋の大会の時、中野先輩は手首が腱鞘炎で、実際調子はよくなかった。

それでも4位だったんだから、今回はもっと上だな、と思っていた。


女子の試合、コートには入れなかったから、階段状になっている観客席の一番前に座った。

松井田先輩が俺の隣に座ってきた。

第4コート近くのこの場所に座るってことは、中野先輩の試合を見る為だなと思った。

松井田先輩は、2年の佐知香と付き合っている。佐知香の試合も第1試合なのに、そっち応援に行かないのか?って思ったけど、聞かなかった。


第1コートから第4コートまで、第1試合が同時に始まった。

中野先輩の動きはいい。

相手は、ちょこまかと動く、防御に徹しているような感じ。

よける、かわすがうまい。

中野先輩は、どんどん攻めて惜しい当たりが何本もあったが、決めあぐねていた。

両者一本も決まらず、4分が経ち、延長戦になった。

相変わらず、相手はのらりくらりと、防御に徹している。

様子を見ているというには長すぎるくらい、攻めてこない。

延長も残り時間少なくなってきて、中野先輩も、焦ってるというより、少し苛ついてるような感じだった。

落ち着け!落ち着け!と、隣の松井田先輩が声を出した。

その瞬間

「あっ!!」

と、俺と松井田先輩の声が重なった。


誘われた!!

と思った。


時間で言ったら、ほんの数秒くらいの出来事。

ずっと防御だけだった相手が、面を打つかのような動きで竹刀をクイっとあげた。


中野先輩のスピードだったら、面を打たれる前に出ばな小手の方が先にとどく。

その、出ばな小手がくるのを見越したように、クルッと手首を返して胴を打ってきた。


相打ちのようにも見えたが、審判の旗は、3人とも白をあげていた。


胴あり!勝負あり


俺は、ぼう然としていた。


「う、う、うぅーー!!」

その声に、ハッとした。

隣の松井田先輩がタオルで顔を覆いながら、嗚咽をもらして泣いていた。

えっ?

松井田先輩が泣いてるところなんて、初めて見た。 

座っていた座席を握りこぶしでガン!と叩くと、立ち上がって走り出した。

俺もつられるように立ち上がり、自分と松井田先輩の荷物を持って、松井田先輩のあとを追った。


松井田先輩は、一階の通路の壁に寄りかかるような格好で泣いていた。

「ちょっと!松井田!大丈夫?」

って声が聞こえて、そこに中野先輩がいることが、やっとわかった。

松井田先輩のデカい体に隠れて、全く見えない。

壁ドンとゆうか、壁ぎわでガッツリ中野先輩を抱きしめていた。

そして、号泣している。

 

「ごめんね!松井田!練習いっぱい付きあってもらったのに、こんな情けない試合で」

「うう、ゔーー!!」

「あはははは!ねぇ!なんで松井田が泣いてんのー?私、応援する方にまわるから、松井田は勝ってね!!」

そう言うと、抱えていた面の中に入れてあった小手を握って、思いっきりバコっ!!と松井田先輩の頭を叩いた。

「イター!」 

そう言って、松井田先輩は両手で頭を押さえた。

「あはははは!」

中野先輩は笑いながら、壁と松井田先輩の間からすり抜けて出て、女子の控え室へ歩いて行った。


佐古の敷石ケ濱。

しきしがはまりょうこって言うんだ……

表彰式で読まれた名前を頭の片隅で聞いた。

あとで聞いた話によると、今年の4月に佐古高校に転入してきたそうだ。

九州から引っ越してきたのだと。

九州では、敷石ケ濱の名前を知らない人はいないと言うくらいに、小、中、高校の大会で優勝をしていた人だった。

中野先輩との対戦後の5試合、ほぼ秒殺だった。

技や攻めのバリエーションが多彩。

対戦相手に応じて、面、小手、胴、突きまで決めている。

2本取ってのストレート勝ち。

延長戦まで粘ったのは、中野先輩だけだった。


相手が悪かった。

運が悪かった。

ツイてなかった……


そんな言い訳を、中野先輩は しなかった。

ただ 「足りなかった」と言った。



 その時の「足りなかった」が、

さっきゆきが言ったことだったのか。


「稽古が足りなかった?技術が足りなかった?戦略が足りなかった?勝ちたいってゆう気持ちが足りなかった?油断した?そのすべてかな?そもそも、わたしは剣道にむいてなかったのかな?

1回戦負けって、そう言うことだよね」



忘れてる訳ない、あの時の悔しさを、思い起こさせ、

「ただやってただけだったんだよ」

なんてことを、ゆきに言わせてしまったことが……

胸が痛かった……





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