21話 中野柚希 ⑩
次の日
10時半
ピンポーン
チャイムがなった。
とおる、時間ぴったりだな。
玄関の時計を見て、ドアを開けると、スーツ姿のとおるが立っていた。
「えーっ!!スーツで来たの?」
「おかしい?」
「おかしくないけど、うち みんな普段着だよ。あっ、入って!
お母さん!とおる来たー!」
母がキッチンから来た。
「はじめまして。倉田と申します」
「まぁまぁ、いらっしゃい。どうぞ上がって」と、母が言った。
「はい、失礼します」
座敷の客間に通すと、とおるは正座して座った。
「ゆきさん、お父さんおられるなら呼んでくれないかな」
“ゆきさん” って! 笑いそうになったけど、とおるが真剣な顔をしてるから、はいって言って、お父さんを呼んできた。
「今日は、突然おじゃましまして、申し訳ありませんでした。倉田亨と申します。
ゆきさんとは、高校の剣道部の1年後輩にあたります。
ゆきさんと、結婚を前提にお付き合いさせていただきたいのですが、お願いします」
そう言うと、深々と頭をさげた。
正座してるから、土下座っていう格好だ。
私はもちろん、父も母も驚いてしまった。
これ、軽く遊びに行かせてってレベルじゃないやつじゃん!!
最初に口を開いたのは、父だった。
「倉田くん!も、頭あげて!頭あげて!
いや、若いのに、ご丁寧にありがとう。
ゆきが、君と付き合うって決めたんだから、私はそれについて どうこう言うつもりはないよ。
あとは、2人の気持ち次第だから。
うちの娘をよろしく頼むよ」
「ありがとうございます。あっ、あのこれは、ほんの気持ちばかりですが、横浜のお菓子です。
召し上がってください」
そう言って箱を差し出した。
これ、向こうで買ってきてたの?
スーツを用意してきてる時点で、これ確信犯か。
「まぁ、すみません。ご丁寧に。
すぐにお茶の用意するから、足崩して座ってて」
「はい、ありがとうございます」
そう言ったけど、とおるは正座したままだった。
お茶を4人で飲みながら、父と母は何個かとおるに質問し、とおるはにこにこしながら答えていた。
今の自分の仕事のこととか、剣道の話とか、高校の頃 私がどんな先輩だったかとか。
両親もにこにこして聞いていた。
「ねっ!もうそろそろ私の部屋行こっか。お父さんもお母さんも、もういいよ」
「そうね!倉田くんもいつまでも私達いたら、気楽に出来ないわね!」
と、母が笑った。
「いえ、とんでもないです」
父も、タバコの箱を手に取って立ち上がった。
「じゃ、これで、私はちょっと出かけるけど、倉田くん ごゆっくり。
また、いつでも遊びに来なさい。
今度は空身でいいからね」
「あ、はい。お忙しいところ、すみませんでした」
父は手を振りながら出て行った。
「ゆき、ジュースでも 上 持ってって。
じゃ、倉田くん ごゆっくり。足 大丈夫?」
「はい!剣道部でしたから!」
母も笑いながら、奥の部屋へ行った。
「じゃ、私の部屋 行こ。2階ね」
そう言って立ち上がると、
「イタタタタタタ……ごめん、ゆき、肩かしてもらっていい?」
「は?な〜に〜? “はい!剣道部でしたから!” じゃなかったのー? 足しびれて どうすんのよー!!あはははは」
「いや、本当に大丈夫だったんだけど、なんか、気が抜けたら……イタタタタタタ……やべ階段
昇れるかな」
私の肩につかまって立ち上がると、足をブルンブルン振った。
「じゃ、平気になるまでここにいる?」
「いや、2階行く」
とおるは、そう言うと、ヨチヨチ歩き、ハイハイみたいにしながら階段を昇った。
「やだ、おっかしい!あはは」
2階の私の部屋に入って、ベッドに腰をおろした。
「あ〜〜〜〜〜〜!!!!すっげーーーー緊張したーーーー!!!!
俺、大丈夫だった?
何か変じゃなかったかな?」
と聞いた。
「お疲れ様。全然変じゃなかったよ。
うちの親もたぶん喜んでると思うよ」
そう言って、とおるの頭を撫でて、隣に座った。
とおるは、ゴロンと横に倒れ、私のモモの上に、頭をのせた。
可愛いな、そう思った。
とおるの頭やほっぺを撫でながら、
「ありがとね。嬉しかった。
とおるのこと、見直したよ。
すごい大人!!って挨拶だったね」
と言った。
「まじ、緊張して、あんまり憶えてないよ!
ちゃんと言えてて良かった」
「足 大丈夫?」
「うん、もう治った」
「ゆきー!!ちょっと取りにきてー!!」
下から母が呼ぶ声が聞こえた。
「はーい!」
遠慮して、上には上がってこないらしい。
「ちょっと下 行ってくる」
キッチンに行くと、母はにこにこしながら、お盆の上に小皿や箸をのせていた。
「ね〜!いい人じゃないの!
お母さん気に入っちゃった」
「そう。とおるに言っとく。喜ぶよ」
寿司桶を持って部屋に戻った。
「えっ!わざわざお寿司とってくれたの?」
「うん、そうみたい」
「なんか、悪いなぁ」
「すごいお祝い事みたいで恥ずかしいね。
お寿司 苦手じゃない?」
「大好きだよ」
「そ!良かった!遠慮しないで食べて!」
「じゃ、いただきます」
「ふふふ」
「なに?」
「お母さんがね、 “いい人じゃないの!お母さん気に入っちゃった” だって!」
「えっ!マジで?」
とおるは箸を止め、私を見た。
「うん!そう言ってた!」
「そっかー!良かったー!
……ゆきは、本当は迷惑だった?
家まで押しかけて」
「ん?迷惑?どうして?」
私も食べるのをやめた。
「ほんとは、嫌だったかなと思って……」
「とおると付き合うことになって、まだ1ヶ月だよね。
回数で言えば、まだ数えるくらいしか出かけてない。
でもね、これが縁なんだなって思うんだ。
会社の部長にも言われちゃったけどさ、長く付き合えばいいってもんじゃないって。
結婚はゴールじゃなくてスタートなんだから、この人だって見極めができたらすぐにでも決めていいんじゃないかって。
とおるは、何度も私と結婚したいって言ってくれるでしょ。私でいいの?」
「ゆきじゃなきゃダメなんだ。
ゆきが他の男にとられるのも、もうイヤなんだ。だから、俺は、ちょっと押しすぎかとも思うし、強引かもしれないけど、何度でも言いたいんだ。俺と結婚して欲しいって。
あとは、ゆきが俺を見極めてくれよ」
とおるの真剣さは伝わってきた。
「うん」
「あっ!今度ね、2週間に1度、日曜日に休みがもらえるようになったんだ。
だから、今度9月9日が休み、その次23日なんだけど会えるかな?」
カレンダーをめくりながら とおるが言った。
「うん、もちろん!あけとくよ!
ねっ、こっちまで毎回来るの大変でしょ。
私が東京まで行ってもいいんだけど、やっぱり往復で結構時間かかるからさ、日帰りなら、大宮とか高崎とか、新幹線の中間地点で会うのどう?」
「あっ!それいいね!大宮も高崎も降りたこと1度もないから、行ってみたいな」
「じゃ、とりあえず9月9日は大宮ね!
駅で待ち合わせしよ」
そろそろ時間だと言って、とおるは母に挨拶し、帰って行った。
今日は、とおるが親の車を借りてきていたから、送って行かなかった。
「ゆき、いい人じゃないの!」
と、母が言った。
「さっきも聞いたよ」
「礼儀正しいしさ、好青年って感じよね一!
仕事も堅いしさ、いいじゃない!」
「うーん。そうだね」
「うーん?なの?」
母が、首をかしげた。
「あっ、ううん、そうじゃないけど、年下だけど、どう?」
「年下って、5こも6こも下じゃないし、1こだけでしょ。それも4月生まれだって言ってたじゃない。
もうちょっと生まれるの早かったら同学年じゃない。でしょ?関係ない関係ない」
「そっか」
まぁ、お母さんの言うとおりだ。
とにかく、とおるの覚悟ってゆうのが本当によくわかった。
スーツで来て、手土産用意してきて、ずっと正座して、きちんと挨拶して。
私よりずっと大人な感じがした。
でも、正直言って、結婚ってわからない。
あんなに好きだって言ってても、付き合って何年かで別れてしまったりするのに、結婚して一生連れ添うって、そんなことできるのかな。
一生一緒にいる人を、どうやって選んだらいいのか わからない。
どうして、とおるがそんなにも私と結婚したがってるのかも……
とおるなんてまだ24なのに。
今、付き合い始めて、盛り上がってるだけなんじゃないのかな……
私はそんな風に考えていた。
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