10話 倉田亨 ⑤

 ゆきに、花をプレゼントしたのは今回が初めてじゃない。

ゆきは、憶えているだろうか。


先輩の高校の卒業式の日、花束を渡そうと思った。

卒業式だったら、後輩とかあげたりしてるから、そのどさくさに紛れて、花束を渡して自分の気持ちも伝えたいと思っていた。

矢沢先輩がいるんだから、俺の告白なんて、ありがとう!ごめんね!で終わることはわかってる。

だけど、そんなことはどうでもいい。

とにかく、この想いを伝えなきゃ!って思っていた。


「中野先輩!!」

「あっ!倉田くん!」

長い髪を揺らして振り返った。

「ご卒業おめでとうございます!」

「ありがとう!倉田くんはさ、私がアドバイスすることもないくらい、いい剣道してるから、相手の動きのよみもいいし、思いきりもいいしね。私、倉田くんの剣道 好きだよ。

春の大会頑張ってね!

絶対、全国大会行けるから!

私たちの分もリベンジしてきて!

私、応援行くからね!期待してるよ!」

にこっと微笑んでくれた。

「ゆきーー!!」

遠くから、矢沢先輩が呼んだ。

「あっ、えいちゃん!ちょっと待っててー!」

「先輩、これ どうぞ!」

花束を差し出した。

「えっ、お花 さっき井上さんから貰ったよ〜」

「あっ、それは女子からで、これは男子からです!」

ウソをついた。

「そうなんだ!ありがとねー!お花大好きだから、すごい嬉しい!みんなにもよろしく伝えて!じゃね!」

「お疲れ様でした」

結局、告白は出来なかった……


「告白されてた?邪魔しちゃったかな?」

「違うよ。ははは。部活の後輩、倉田くん。

かわいいでしょ」

そんな話し声が聞こえた。

手を繋いで仲良く歩いていく 後ろ姿が見えなくなるまで 見ていた。


 それからの俺は、剣道に打ち込んだ。

小学校からやってるけど、ここまで真剣にやったことはなかった。

絶対に全国大会に行く!それだけを思っていた。

全国大会に出場して、先輩が応援にきてくれることだけを励みに毎日毎日必死に稽古した。

念願叶って、俺たち梅原高校は、5年ぶりに長野県の代表として全国大会に出場することができた。

だが、先輩が姿を見せることはなかった。


 その年の秋、冬に近かったか、剣道部の山下が駅ビルの花屋で、先輩がバイトしていたと言った。

久しぶりでいっぱい話したって。

そして、驚いたことに、矢沢先輩とは別れたと言っていたと。

ビックリした。

信じられなかった。

自分で確認したい!

そう思って、次の土曜日に俺は先輩のバイト先へ行ってみた。

いた!!

長い髪を高い位置でおだんごに結っていて可愛かった。

花屋でバイトって、先輩らしいな。

花に囲まれて、優しい穏やかな顔をしていた。

うっすら、メイクもしていて、大人っぽく見えた。

結局、声をかけることはできずに、帰ってきた。

ここに来れば、先輩に会える!

何回か行っては、先輩の顔を見て帰る。

今思えば、ストーカーっぽいな。


 そして、3月。

俺の卒業式の日。

卒業式が終わってすぐ、そのまま先輩の元へ向かった。

いた!良かった!


「中野先輩!」

声をかけた。

「えっ!倉田くん!わ〜久しぶり!なに?偶然?」

「いえ、山下に聞いて。

花束、プレゼント用にしてもらえますか!」

「はい。なに?彼女にプレゼント?あっ、今日卒業式か〜!!」

「あ、はい」

「どうゆう感じの花束がいいの?」

「先輩が好きな感じで」

「えーー、そうゆうの難しいな〜。

じゃ、可愛くつくるよ!ブリブリでね!」

そういうと、先輩は何種類かの花を選んで、話しながら器用に花束をつくっていた。

「倉田くん、全国大会おめでとねー!!

すっごいよね!全国大会出れるなんて!

羨ましい!よく頑張ったね!!」

「いえ、そんな……」

「はい。出来たけど、これでいい?」

どピンクの女の子らしい花束だった。

「ありがとうございます。おいくらですか?」

「いいよ!私からのプレゼント!去年、卒業式にお花貰ったしね!そのお返し!

はい、どうぞ!卒業おめでとうございます!

お疲れ様でした」


今まで、俺に向けられたことのないとびきりの笑顔でそう言われ、ドキッとした。

キュンとしたって方が正しいのかな。


「あ、ありがとうございます!

あの……先輩、先輩は、今……」

言いかけたその時、他の客が

「すみません!お願いします!」

と、声をかけた。

「はい!

ごめん倉田くん!彼女によろしくね!」

彼女??

“先輩は、今、付き合ってる人いないんですか?先輩のこと、ずっと好きでした!僕と、付き合って下さい!”

そう言いたかったのに、先輩がつくってくれた花束を抱えて、ただ家に帰ってきた。

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