9話 倉田亨 ④

 新幹線に乗った。

寂しいな……繋いだ手を離したくなかった。

先輩と付き合えることになって、超ハッピーな気分で帰れると思ってたのに、すげーツライ……

苦しいな……


矢沢先輩、上京する時 どんな気持ちだったんだろ。


 俺が、高1の秋、部活終わりに珍しく道場へ矢沢先輩がきた。


「ゆき!」 

道場の入り口で声をかけ、中野先輩は

「あっ、えいちゃん!

着替えてくるから10分くらい待っててくれる?」

と言って、はぁ……とため息をついて部室へ着替えに行った。

先輩、なんだか困った顔してたな。

どうしたんだろ。

気になって、僕は陰から2人を見ていた。

隠れて覗き見していたなんて先輩には言えないけど。

とにかく、2人は何だかもめていた。

ケンカしてたのか?


と、思ったら

「ゆき、キスしていい?」

矢沢先輩が中野先輩の頬を両手で包むと、顔を近づけてキスをした。

すごく激しいキスだった。

10分以上続くそのキスを見ながら、完全に自分には手が届かない人なんだなと思った。

僕は気がつくと泣いていた。

泣きながら、走って帰った。


あれからきっと、どんどん先に進んで、高校の時に2人で初体験をしていたのだろうと思っていた。

それが、違っていたなんて……


男の本音で言えば、心だけじゃなくて、体も繋がっていたいって思ったはずだ。

高校の頃のゆきは、それを拒否したのかもしれないな。

矢沢先輩が他に女つくって同棲したって、どうしてなんだ?って、ずっと思ってきたけど、ほんの少しわかった気がするな。

心の繋がりが、体の繋がりに負けたってことか。

難しいな、恋愛って。

タイミングなのか……やっぱり……


それにしても、さっきは言い過ぎたな。

それも、タメ口であんな言い方して。

カーっとして、ガキみたいだよな。

あの男がゆきの初めての相手だなんて、もったいねーよ!!

しかも、ゆきはわかってねーのかもしれないけど、あいつ ゆきにまだ気があんな。

それにしても、あいつ!桂吾!やっぱ すげーな!!何でわかるんだ?

洞察力はんぱね〜な!

1回 俺を見ただけだろ?

何年前だよ?5年前?

それで、俺の顔憶えてるなんて、どうゆう記憶力だよ!!

ただのフリーターだろ!

ってゆうか、なんだろ。

気になるな。

あいつ

なんてゆうか……うまく言えないけど、人を惹きつける魅力がある人だな。

フリーターにしとくにはもったいないくらいの、イケメンだった。

なんか、なんとも言えない いい雰囲気でドキッとした。

あの、茶色い瞳に吸い込まれそうな、なんかそんな気がした。


やべー!寂しいなぁ。

あっ、メールしよ。


『さっきは 言い過ぎました。

あんな言い方、反省してます。

でも、本当に大切なことだから。

ゆきが、自分のこと汚れてるって言ったの、そういうことだったのかって思ったよ。

でも、やっぱり汚れてなんていないよ。

何年も前のこと、今でも悔やんでる。

純粋だからだよ。

ゆき、大好きなんだ。

もっともっと一緒にいたかったよ。

離れたばかりなのに、どうしたらいいのかってくらい、今もう寂しいです。 とおる 』

送信


今度いつ会えるんだろう。


俺は、本当に、先輩の彼氏になれたんだろうか……

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