7話 倉田亨 ②

 戸隠で蕎麦食うの何年ぶりだろ。

うちの家族、蕎麦大好きで小さい時はしょっちゅう食いに来てたな。

大学生の時にこっちに帰ってきた時に行ったかな。

でも、今まで食べた中で、今 先輩と食べた蕎麦が一番最高に美味しかった。

先輩と向かい合って蕎麦食べたなんて、幸せすぎるだろ!

あと、2時間半しか一緒にいられないのか。寂しいな。


「まだ、少し時間あるから、少し歩こうか」 

「あっ、はい」


スッと右手を伸ばし、俺の左手を握ってくれた。


「手 つないでもいい?」

「あっ、もちろんです!」

「聞く前につないじゃったけど、あはは」


ドキドキした。

このドキドキが手を伝って先輩にもわかってしまいそうな気がした。


「なに?」

先輩がこっちを見て言った。

「えっ?なにって?」

「かたまってるよー!緊張してるの?」

バレた。

「してます……」

「あはは、かわいい。 

ねっ!昨日から思ってたんだけど、完全に先輩後輩の上下関係から抜け出してないんだけど。たぶん倉田くんが私を先輩先輩って呼ぶからダメなんじゃない?」

「あっ、そうですね。

やっぱり、体育会系でどうしても抜けないんですよね。

でも、さすがに付き合うことになったんだから、なんて呼びましょうか?」

「じゃ、“ゆき” って呼んでもらっていい?

なんか、そう呼ばれると、えいちゃんのこと思い出しちゃいそうで、今まで呼び捨てはやめてって言ってたんだけど。

やっぱ、彼氏には名前で呼ばれたいかな」

「名前を呼び捨てですか……言えるかな……

じゃ、僕のことも “とおる” って呼んでください。倉田くんってゆうのも堅いんで」

「あっ、そうだね。わかった」


鏡池

山の緑が眩しかった。

水面が映し鏡になっている。

池に映った緑がキラキラと輝いている。

良いところだな〜。

横浜とは全然 空気が違うな〜。

空気がうまいって、実感する。

ずっと、長野に住んでたから、これが当たり前で、空気がうまいなんて思ったこともなかったけど、一旦 都会に出ると、ほんと わかるよな!!

山しかなくて、つまらないって思ってた。

でも、好きな人と一緒に見るこの風景は、とても素晴らしいと感じる。

長野は、いつまでも、自然豊かなふるさとであってほしい。


「とおる、そろそろ帰ろうか?

あはは、ゴメン笑っちゃった」

「ふーー!あ、ゆき……やべ、緊張するな……

じゃ、僕 運転していきます」

「うん、お願い!あと、敬語もやめた方がいいね!

それこそ、ベタに上下関係って感じだし」

「はぁ……これ、慣れるまですげー大変そうっすよ!

でも、そう……だよ、ね。 気をつけたい……と、思う」

「あはははは!カタコト!!おかしい!

会話にならなくてもイヤだから、少しずつでいいよ!あはは!」

「ゆき!行くよ!」

「おっ!いいね!あはは!」


帰り道は、俺が運転した。やっぱり、助手席座ってるより、こっちの方が落ち着くな。

 

「あっ、そうだ!忘れないうちに!

先輩、じゃなくて、ゆき、

後ろにある僕の荷物のバッグの横の、ポケットのところに入ってる包みだしてくれる?」

「うん、えっと、これかな……これ?」

「あっそうそれ!開けてみて」

「うん。

わ〜かわいいネックレス!どうしたの?」

「渡そうと思って持ってきたのに、昨日家に忘れてっちゃって、今日会えなかったらそのまま持ち帰るところだった。

先輩にプレゼントです」

「えーっ本当に?だって、昨日お花も貰ったじゃん!」

「両方あげたかったから。つけてみて!」

「うん」


ゆきは、ケースからネックレスを取り出して、髪を左に寄せて、後ろ手でネックレスをつけた。


あっ!俺がつけたかった!!しくった!!


「どう?」

「うん!!いい!!かわいい!!」

「ありがとう、ゴメンね。私、貰ってばっかりで……」

「誕生日とか、いろいろ重なっただけ。

ネックレスは、付き合い始めた記念のプレゼントってことで。

実は、このネックレスは初任給で買ったんだ。

初任給出た日に速攻お金おろした帰り道で。

アクセサリー屋なんて見たこともなかったけど、なんか目に止まって、先輩に、ゆきに似合いそうだなって思って。衝動買い!

あはは!いつか、いつか、先輩に渡せたらいいなって思って買ったんだけど、渡せる日がきて良かった!!」

「そうだったの?ありがとう。でもさ、私……」

「じゃ、1つ 僕にくれますか?」

「なに?」

「ゆきのライン教えてくれる?」

「あっ!なに!そんなのもちろんだよ!私の方こそ、あとで携帯番号教えてもらおうって思ってたよ」

「ゆき、スマホ使いこなせる?

僕あんまり苦手で、できればこれに登録してもらいたいんだけど」

そう言ってスマホをゆきに渡した。

「あ、いいけど、いいの?他人に携帯いじらせて」

「他人って、他人はダメだけど、ゆきはいいよ。中身全部見られたって構わないし」

「そっか。じゃ、登録するね。

あっ、ロックかかってるよ」

「あぁ、ゆきの誕生日だから。ロックナンバー」


ちょっと、キモいと思われたかな。


「そうなの?いつから?ずっと?あはははは」

笑いながら、俺のスマホと自分のスマホを交互にいじっていた。

「はい、登録できた。電話番号とメルアドとラインの登録しといたからね。

あとで、家に帰ったら送ってみるね」

「うん、ありがと。電話はさ、もしかしたら夜も仕事だったりで出られないこともあると思うから、ラインなら、とりあえず見て、急用ならすぐに返すから」

 

「うん、わかった。

……この先のことだけど、いつ休みとかって、わかんないんだよね?」

「そうですね。あ、うん、今回3日休みもらったけど、まだ次はわからない。

わかったらすぐに連絡するよ。

日帰りでも、帰ってきて先輩、ゆきに会いたい」


「続けられると思う?

私、遠距離って、正直言って怖い……」


そうだろうな。


「僕は!矢沢先輩とは違うから!僕は、結構しつこい男ですよ!!」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る