5話 中野柚希 ⑤
車に乗って、山の方の道を上って行き、展望台の駐車場に車を止めた。
「ここからね、花火よく見えるんだよ。
穴場なの!花火をちょっと下に見下ろせるんだよ」
ここは、長井さんに教えてもらった場所だ。
「あー本当ですね!こうゆう風に花火見るの初めてです!
大体、花火大会ってすごく混んでる所へ行って、ずーっと見上げてる感じじゃないですか!
首疲れちゃうんですよね」
「そうそう! わ〜キレイ!!私、花火大好きなんだ」
「そうなんですね」
それから、しばらくの間、倉田くんは何か言いたそうだったけど、黙って花火を見ていた。
30分くらいして、遠慮がちに口を開いた。
「先輩……気分を害するかもしれませんが……
これ、見てもらって いいですか?」
そう言って、Á4サイズの茶封筒を差し出した。
「何?」
車内灯をつけて、封筒を開けてみた。
封筒の中には、何枚か紙が入っていて、クリップで留めてあった。
[調査報告書]と書かれている。
調査報告書?って、なに?
ページをめくって、発狂しそうになった。
そこには、“私について” 調査したことが詳細に書かれていた。
家族構成、学歴、今まで付き合った男性遍歴が事細かに書かれていた。
しかも、写真付き。
○○年〜○○年
矢沢弘人
恋人同士の関係だったが、矢沢が東京の大学への進学により、遠距離になり、矢沢が東京で大学の先輩、西根彩華と同棲に至り、交際は解消された。
○○年〜○○年
須藤桂吾
アルバイト先の駅ビルの向かいの店で働くフリーター。バンドマン。
特定の彼女はおらず、遊びの女、多数。その中の一人であったと思われる。
○○年〜○○年
長井康之
○○建設 営業2課。会社の先輩。女関係にだらしなく、遊びの関係であった。
長井の結婚で終わったかに思われる。
○○年〜○○年
岩田忠志
○○商事勤務。恋人同士の関係であったが、岩田に他に女ができ、別れたもよう。相手の詳細不明。
1人1人のことが、詳しく細かく書かれていた。
ここに書かれていたことは事実だった。
改めて、こうやって見ると、私ってサイアクだな……
本気で付き合おうと思うと、相手に他に女ができてダメになって、ダメな男に引っかかって遊びの付き合いをしたり……マジで最悪だよ。
「警察って、すごいんだね……こんなことまでできるんだ……」
「すみません!長野県警の友達に、軽く頼んだんです。先輩がどこに就職したのか、今 付き合ってる人がいるのか、それだけ調べてもらおうと。そしたら、こんなに……すみません」
「……いいよ。謝らないで。
全部ほんとのことだもん。
じゃ、もういいじゃん!こんな私でガッカリでしょ!
倉田くんが憧れてくれてた高校時代の私とは、もう全然違うんだから!!
もう 汚れてるんだから!!」
涙があふれて止まらなかった。
ふっと、倉田くんが手を伸ばし、私を優しく抱き寄せた。
「先輩……、この報告書を読んで、僕も涙が出ました。
矢沢先輩と別れたことで、先輩がどのくらい傷ついたのか……
今もずっと傷ついたままなんじゃないかって思いました。
汚れてるなんて、そんなことないですよ」
抱きしめ、私の髪を撫でながら、静かにそう言った。
どのくらい泣いていたんだろ。
いつの間にか花火は終わって、辺りはシーンと静かになっていた。
「はーー。泣いたらお腹すいちゃった。
ご飯食べてないもんね。食べに行こうか」
「はい。先輩、僕に運転させてもらっていいですか?
免許証持ってきてるんで」
「うん、じゃ、お願い」
2人で車から降りて、席を移動した。
車の中で、私も倉田くんも一言も話さなかった。
車を走らせ、駐車場にとめると、
「先輩!ラーメン食べましょう!」
と、倉田くんは、にこっと笑った。
2人で無言でラーメンを食べ、車に戻ると、倉田くんはバッグから白い封筒を取り出した。
「先輩。これ見てもらっていいですか?」
「えー!なに?まだ、なんかあるの?」
私は、もう気分最悪だし、倉田くんと一緒にいるのもいたたまれなくて、早く帰りたかった。
「先輩のことばかり調べて、自分のことを隠しているのは、なんだか卑怯なので、自分自身のことを書いてきました。見てください」
ページをめくると、手書きの文字で、個人情報がぎっしりと書かれていた。
学生時代の成績とか、持っている資格とか。
今まで、付き合った女性の名前、どういう付き合いだったのか、どういう終わり方だったのか。
ファースキスや、初体験の相手が、誰で、いつ、どこで、ということが詳細に書かれていた。
どこどこの風俗で、どうゆうサービスをされたとか、特に性行為のことは詳しく書かれてあった。
「恥ずかしいですけど、全部 本当のことを書きました。
先輩のことを高校の時から好きだって言いながらも、それなりに女性と付き合ってきました。
だから、ただ悶々と先輩のことを思っていた訳じゃありません。
何人かと付き合う中で、やっぱり自分の心の奥で先輩への想いがいつまでもなくならなかった。
だから、先輩の前へ出ても恥ずかしくないような一人前の男になりたいとずっと思ってきました。まだ、社会人になったばかりで、一人前にはなっていないんですが、グズグズしていて先輩が誰かと結婚が決まってしまったなんてことになったら、死んでも死にきれない感じなので、ちょっとフライング気味ですが、告白させてもらいました。
中野先輩!大好きです!!」
ズキューンと心を撃ち抜かれた気がした。
なんて、ストレートなんだろう。
「昨日、会社で言われたこと、私 あんまり真に受けてなかったんだ。
からかわれてるのかなって、思ってたくらい。
だけど、これ見せてもらって話聞いて、倉田くんの気持ちが本気なんだなってよくわかったよ。
さっきの私の調査報告書で、私のこと全部バレバレだってこともわかったし。
だから、逆に嘘をついたり、隠したり、飾らなくていいんだなって思うと気も楽かな……。
こんな私でいいの?ほんと、汚れてるよ?」
「先輩は、全然汚れてなんてないですよ。
人はいろんな経験を重ねて生きていくんですから。
先輩が汚れてるなら、僕だってかなりヤバいですよ!あはは!」
「倉田くん。大人になったんだね」
「はい。中野先輩!僕とお付き合いしてもらえますか?」
「はい、私でよければ。よろしくお願いします」
「やった〜〜〜〜!!ありがとうございます!!すっげーー!マジ嬉しいっす!!」
ガッツポーズをして喜んでる。
「その言い方は、子供みたいだけど。フフフ」
明日、3時の新幹線で神奈川に戻ると言う。
その前にランチでも食べに行こうかと話して、倉田くんが食べたいと言ったお蕎麦を食べに行くことにした。
そば処で有名な、戸隠まで1時間ちょっと。
余裕をもって、10時に倉田くんの家へ迎えに行く約束をした。
「すみません。よろしくお願いします。
明日も先輩と会えるなんて、マジで嬉しいです!!ありがとうございます!」
いつ、何が起こるかなんて、本当にわからないもんだな……
つい、数日前に失恋して、昨日の朝までは何の予定もない、つまらない毎日を過ごしていたのに。
告白されて、付き合うことになるなんて。
そんなこと、想像できるはずがない。
その相手が、倉田くんだなんて。
何の縁もなければ、もう2度と会うこともなかったかもしれない人だったのに。
こうやって付き合うことになったのは、縁があったってことなのかな。
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