4話 中野柚希 ④
5時15分
仕事も終わったし、片付けをした。
あー、いよいよだな。
5時半に約束したけど、行って倉田くんいなかったら、ひとりで待つのもイヤだし、40分頃遅れて行ってみるか。
それでいなかったら、すぐに帰ろう。
とりあえず、化粧直しでもするかな。
35分に会社を出た。
バロンは向かいのビルの5階だから、5分あれば着く。
ふーーーーっ いるのかな……
「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」
「いえ、待ち合わせなんですが」
「それでしたら、1番奥のお席のお客様が大変お待ちですが」
と、奥の席を見た。
その視線を追って、奥の席を見ると、倉田くんがいた。
「あっ、ありがとうございます」
本当に来たんだ。
「倉田くん、ゴメン!遅くなっちゃって」
彼は振り返り、慌てて立ち上がった。
「あっ、いえ!お疲れ様です!
昨日は、お仕事中に会社まで押しかけてしまって、申し訳ありませんでした」
そう言って深々と頭を下げた。
「あっ全然、全然 大丈夫だったから!あっ、も、座って!ね!!」
「はい、失礼します」
私達が座ったのを見計らって、店員さんが注文をとりにきた。
私はアイスミルクティーを、倉田くんはアイスコーヒーを注文した。
「実は、これ3杯目なんです。
緊張して、少し早めに着いてしまって、ノドがカラカラで1杯飲み干して、それからまた1杯頼んで飲んでました」
そう言いながら笑った表情は、高校の頃の倉田くんぽかった。
「そうなの?じゃ、すごく待たせちゃってたんだね。ごめんね。
正直言うと、倉田くん来てないんじゃないかって思ってて」
「えっ!なんでですか?」
目を大きく見開き私を見た。
「なんでって、昨日はなんか勢いで約束したけど、冷静になってみたら、中野先輩もフケてだいぶ変わったな。
こんな人だったかな〜って」
自虐的に言った。
「先輩!昨日言ったことは、勢いなんかじゃないっすよ!ふざけてるわけでもないです!!」
ちょっと、身を乗り出して言った。
「あ……そう。そうなんだ……」
その勢いにちょっと引いた。
「あっ、いえ、すみません。あの、先輩!お誕生日おめでとうございます!!」
そう言って、テーブルの下から取り出したのは、トルコギキョウの花束だった。
ピンク、白、パープル淡い色の大きな花束だった。
「えっ!!ほんとに?昨日もくれたのに、今日もくれるの?」
「昨日のは、僕の気持ちです!情熱の真っ赤なバラ!みたいな感じで、どストレートに!!
今日は、先輩の25歳のお誕生日なので、先輩の1番好きな花をと思いまして、今でもこの花好きですか?」
「えっ?なんで?大好きだけど、八重のトルコギキョウ好きだって言ったんだっけ?私」
「はい。クリスマス前か何かに、プレゼントで貰いたいものを部活のあとにみんなで喋っていて、先輩は花束が欲しいって。
1番好きなのがこの花だって言ってました」
「そんな話したんだ。全然憶えてないな……
倉田くんありがとね。
誕生日に花束プレゼントされたの初めてで感激だよ!昨日のバラもすごく嬉しかったよ」
「良かった!先輩、自分のことを少し話させてもらってもいいですか?」
「はい、どうぞ」
「僕は、高校卒業後、剣道の学校推薦で神奈川県の大学に進学しました。
そして、卒業後 警察学校を経て神奈川県警で交番勤務をしています」
「えっ?倉田くん警察官なの?」
「あ、はい」
「へーすごいね!かっこいいじゃん!」
「ありがとうございます。
今現在、神奈川で生活しています。
休みが不規則でずっと半休くらいしかなかったんですが、前々から出していた休み希望が受理されて3日もらえまして、昨日こっちに帰ってきました。明日の夕方には帰ります」
「昨日、神奈川から長野に来て、すぐにうちの会社に来たってこと?」
「そうです。新幹線で来て、駅前からタクシー乗って来ました。
なので、先輩の方の都合も考えず、会社まで押しかけてしまい、すみませんでした」
そう言うと、また深々と頭を下げた。
「もう、ほんと それはいいんだけどさ。
私のこと、高校時代に憧れてたって昨日言ったでしょ。それって、いつのこと?」
「1年の時、部活入ってからずっとです。
剣道部に入ることは決めていました。
そもそも、剣道やりたくて梅原に入ったんで。
それで、入部届けを出そうと道場に行ったんです。
ちょうど、中野先輩が松井田先輩と稽古しているところでした。
流れるような綺麗な打ちをする人だなと思いました。
先輩が面を外して、手ぬぐいで顔を拭いて、チラッと僕を見たんです。
その瞬間に一目惚れしました」
はぁ????
「それ、ほんと?信じられないんだけど」
一目惚れさせるほどの容姿じゃないっつーの!!
なにか、魂胆があって私を騙そうとしてるのか?警察官がそんなことしないか?
ってゆうか、ほんとに警察官か?
警察手帳確認した方がいいかな?
「入部してすぐに、先輩が1年の指導をしてくださって、毎日毎日部活に行くのが楽しみで、楽しくて。
でも、先輩にはバスケ部に彼氏がいるってことがわかって、しかもものすごくかっこよくて、人気があって、モテる人で、その人と中学の時から付き合ってるって聞いて、そこからずっと片思い人生でした。
お二人が仲良さそうにしているところを見る度に、辛くて苦しくて、先輩のことを諦めようって何度も思いました。
でも、道場の中の先輩は、彼氏がいるなんて浮ついた感じも一切なくて、剣道に真剣で、そんな先輩の相手をさせてもらえるだけでも幸せだと思っていました」
「そんな風に倉田くんが思ってくれてたなんて、全く知らなかった」
「先輩は、彼氏以外の人には全く興味ないからって、佐久間先輩も言ってましたよ。
『矢沢と別れて、俺と付き合おうゼ』って言ったら、かかと落としだか、ハイキックくらったって言ってて伝説でしたよ。ははは!」
笑うとかわいい顔してるな。
「あぁ、蹴ったかもしれない。
両手ふさがっててさ。
でも、かかと落としなんて大げさ!!
佐久間っちも、冗談にしては別れろ別れろって、しつこく変なこと言うな〜って」
「あれ、冗談じゃなかったですよ。
佐久間先輩も中野先輩のこと好きだったと思います。
何回もそう言ってましたよ。
中野先輩、はいはいって完全スルーしてましたけど。
僕が告白してもこんなんだろうなって思って見てました」
「あれっ?そうだった?」
パン!!バババーン!!!!
地響きのような音がした。
「あっ!今日 花火大会だったんだ!!見に行かない?私、車だから」
「はい」
花束を持って、店を出た。
ズッシリと重い花束だった。
倉田くんの想いが、詰っているような気がした。
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