6話 中野柚希 ③
成人式の次の日。
私は朝からバイトが入っていた。
駅ビルの中の、花屋さんのバイトを1年4ヶ月前からしていた。
お店は、10時開店なので、9時20分頃行って、開店の準備をする。
時給は、930円。
高くなかったけど、大好きな花に囲まれての仕事はとても楽しくてやりがいがあった。
大きなイベント事がある時でない限り、めちゃめちゃ忙しいと言うこともないから、お昼まで一人で店番をする。
店長からも信頼してもらっていると思う。
「おはよう!」
「おはようございます!」
桂吾といつも通りの挨拶を交わした。
10時
館内にBGMが流れ、お客さんが駅ビルの中を歩き始めた。
手のあいている時に、売り物のアレンジメントを作ったり、小さなブーケを作ったりする。
原価を考えながらだけど、好きな花を使って自由に出来る。
それだけでも、すごく楽しい。
「すみません!」
「はい!」
呼ばれて振り返ると、綺麗な女の人と、その後ろに えいちゃんが立っていた。
心臓が止まりそうだった。
「赤いバラ20本で、花束つくってもらいたいんだけど」
声もキレイだった。
「はい!プレゼント用ですか?」
「ううん、自分用っていうか、彼が昨日成人式だったからお祝いにね!
東京まで持って帰りたいの。
しおれないようにしてもらえる?」
すごく、大人っぽい。
年上なのかな。
「はい、おめでとうございます!
10分ほどお時間頂いてもよろしいでしょうか?」
落ち着け、落ち着け、私。
「えぇ、いいですよ。また、あとで来ます」
「はい」
「弘人!私、ちょっとトイレに行ってくるね」
「あぁ。ここにいるよ」
懐かしい えいちゃんの声……
涙が出そう……
えいちゃんに背を向けて、作業台で花束を作り始めた。
「……ゆき……、ここでバイトしてんの?」
ほんとに、泣きそう……
「そう。……彼女、綺麗ね」
小さな声で言った。
「ゆき!」
呼ばないで!!
「今日、すぐに東京帰るの?」
背を向けたまま小さな声で聞いた。
「あぁ、うん」
「新幹線?車?」
「えっ?あ、車」
「そう。じゃ、大きめの花束でいいのかな……」ひとり言のように言った。
「ゆき!!」
「美人でスタイル良くて、お似合いだと思うよ」本当に……
「ゆき!!!」
「いいじゃない、それで……」
小さな声で言った。
もう、泣きそうだった……
「弘人!!お待たせ!!」
ハァーー……
振り向き、思いっきり口角を上げて、笑顔をつくった。
「お客様、リボンのお色は何色がよろしいでしょうか?」
「あっ、そうね〜、じゃ黄色で!もう出来る?」
「はい、こんな感じでいかがでしょうか?」
「わぁステキ!綺麗ねー!ねっ!弘人!」
ぱっと明るい笑顔で言った。
本当に綺麗な人だな。
「ありがとう!おいくら?」
「5000円になります。
駐車場はご利用でしょうか?」
「あっ、そうだ!お願いします」
「ちょうどいただきます。レシートと駐車券のお返しです。
ありがとうございました。
どうぞ、お幸せに!」
「あっ、ありがとう!行こ!弘人!
お幸せにだって! ふふふ」
店の奥の丸椅子に腰をおろし、大きなため息をついた。
ハァーーーーーーー…………
“弘人” か……
今更だけど、私、彼氏だった人のこと、ずっと
“えいちゃん” って、あだ名で呼んでたんだな……
普通は、“弘人” って呼ぶよね。
彼女なら……
そもそも、だな……
それにしても、すごい、偶然。
別れてから、1度も喋ったことなかったのに、こんな風に、客と店員として会うなんて……
しかも、彼女と一緒なんてね……
すっごい綺麗な人だったな……
私、いつも通りに接客できていただろうか……
不自然だったかな……
ダメだ、泣きそう……
下を向き、目を閉じた。
はぁ……
「ウィ~ス!」
いきなり耳元で言われてドキっとした。
「なに?」
って振り返ろうとしたら、後ろから抱きしめられ、キスされた。
強引に振りほどいて、
「やめてよ!誰かに見られたらどうすんの!!」と、大きな声を出した。
「ここ、ちょうど死角!誰にも見られねーよ!ハハハ!」
確かに、そうだな。
今まで、そんなこと気にしたことなかったけど……
「さっきの客、元カレだろ?」
茶色の瞳で、真っすぐ私の目を見た。
「はぁ?何言ってんの?」
平静を装おって言ったつもりだった。
「ビンゴ!だな!
俺ね~そういう直感だけは鋭いんだよね~!!
あいつ、おまえのこと “ゆき!” って呼んでたし」
バレバレか……
「喋ったの1年半ぶりくらい……」
「いい女連れてたな~!」
ズキンとした。
「そうだね……今日、飲みに行ける?」
自分でも驚くほど、消え入りそうな声でそう言った。
「どうしよっかな~!愚痴を聞くのはあんま好きじゃね~んだよな~!
まっ!いいわ!暇だしな!付き合ってやっか」
ニヤッとして言った。
「ありがと」
「ほい!じゃ、立って!!」
両手を私に差し出した。
その手を掴んで、立ち上がると
「Are you ok?」
すごい いい発音だった。
「えっ!あっ、大丈夫!!」
「バカ!全然大丈夫じゃね~じゃん!
そこは、なんで英語だよ!って突っ込むところだろ!」
そう言うとギュッと抱きしめられた。
「じゃ、仕事終わりで、いつものところな!」
にこっと笑って、手を離した。
花屋の通路をはさんで、向かい側の服屋でバイトしている、桂吾。
派手で長髪で、チャラチャラした軽い男。
この人が、私のはじめての人だって言ったら、えいちゃん驚くだろうね。
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