35話 矢沢弘人 ⑫

 「なんだー?暗い顔してんなぁ!」

滝沢が声をかけてきた。

「あ?あぁ……」

「どうしたー?」

そう言うと、タオルを俺の頭にのせ隣りに座った。

そのタオルで顔を覆いながら

「ゆきがさ、……ゆきが何か変なんだ……」

と言った。

「変って?」

「この3日間 音信不通」

「何だよ、音信不通って?

具合い悪くて学校休んでんの?」

「いや、来てる。靴あるし。

いつもは、具合い悪くたってメールとかは必ずすぐに返してくれるんだ。

それが、この3日間は無視なんだ。

おかしいだろ!!」

「じゃ、怒ってるってことだろーが!」

えっ?

「なにを怒ってるんだよ!?」

「なにをって、やっぱあのキスのこととか、こんなにもギャラリーが増えちまったこととか?」

「えっ?」

「文化祭以来、おまえ目当てのギャラリー すっげー増えたもんなぁ!!なんかそういうことで腹立ててるんじゃねーの?

マネージャーたちでさえ、ギャラリーうざい!ってカリカリしてるよ!

ゆきちゃんも やっぱ、マリア様じゃなくて、普通の女の子だったってことだろ!」 

「そっか……」

「とにかく、謝ってこいよ!会って謝んなきゃダメなんじゃねーの?

この時間なら、まだ道場にいるんじゃね!」


この間は、全然怒ってなかったのにな……

我慢してただけだったのか。

その我慢も、限界がきたってことか……


「あぁ、俺 道場行ってくるわ!滝沢、先帰ってて!」


俺が行ったら、ゆき どんな顔するだろう……



 キス

 あの日以来、俺はゆきにキスをすることができなかった。

怖かった……

ゆきを失いたくなかったから、触れないできた。


 中3の秋

春木公園で朋徳と横田さんがキスするところを、ゆきと2人で目撃した。

俺は、なんだか チャンス!と思ってしまった。


「俺たちも そろそろどう?」

と、ゆきの唇に顔を近づけた。

答えはYESに違いない。 

そう思っていた。


付き合って1年。

うまくいっていたし、もうそろそろ いい時期かなと思っていた。

タイミングの問題かなって。

そのタイミングがきたな!と思った。

唇まであと10センチくらい近づいた時、ゆきは予想に反して俺を突き離した。

そして、猛ダッシュで走って行ってしまった。


俺は追いかけなかった。 

ゆきが足が速いのは知っている。

追いつけないと わかっていたから、追わなかった。

呆然と立ち尽くし、ゆきの姿が見えなくなるまでずっと見ていた。

ショックだった……


もう朋徳のことは 忘れていると思っていた。

付き合って1年、ゆきは朋徳のことを全く口にしなかった。

2人が話をしているところを見たこともなかった。


なのに……

まだ、想っていたのか……


付き合う時に、朋徳に未練があっても忘れさせてやるって言った。

なのに、1年経っても、俺はあいつのことを忘れさせることも出来なかったなんて……

ショックだった。


ふざけんなよ!!

彼女と、うまくいってる朋徳に腹がたった。


ふざけんなよ!!

俺と付き合っていながら、まだ引きずっている ゆきにもムカついていた。

ものすごく 頭にきたし、腹がたった。


だけど、次の日、そんな態度はゆきには見せなかった。

もめたくなかったし、嫌われたくなかったし、なにより、付き合いを終わらせたくなかったから。

何事もなかったかのように、普通に接した。


 でも、あれから2年も経つのに、高2にもなって、俺はまだゆきにキスさえ出来ずにいた。


今度 拒否されたら、俺 マジで立ち直れない……そう思っていた。


 深呼吸をして、道場の入り口から声をかけた。

「ゆき!!」


「あっ、えいちゃん……

着替えてくるから10分くらい待っててくれる?」

「わかった」


ゆき、困った顔してたな。


ゆきが来るまでの時間が、ものすごく、ものすごく長く感じられた。


「ごめん。お待たせ」

いつもの笑顔はない。


これ、まさか別れ話になるんじゃないよな……


「ゆき、なんで携帯でないの?メールも」

静かにゆっくり言った。

ゆきは、俯いて、はぁ……と小さなため息をついた。

ヤバくねーか!これ!!


「えいちゃんと何を話していいか わからなかったから……」

小さな声で言った。

「なんだよ、それ。どうゆう意味?」

自分を落ち着かせながら、できるだけ ゆっくり言った。

「自分でも よくわからないんだけど、ただ会いたくないような気がしてた」


ズキン!とした……

すげー怖い

「俺のこと、嫌いになったの?」

と聞いた。


ゆきは、はっとしたように顔をあげ、間髪入れずに、

「ううん、そんなことない!えいちゃんのことは大好きだよ!」

と言った。


ホッとした。

とりあえず、嫌われてはいなかった。


「大好きすぎて、私、本当の自分でいられなくなってる……そんな気がして……

少し離れて考えてみたかったんだ……」

「それで、わかったの?」

「この間の劇ね、本当にステキだなって思ったの。

えいちゃんの王子さま、本当にすごくかっこよかった!!

だけど、やっぱりキスのこと ショックだったんだ私……

私だって、されたことないのに、別の子にしてるの見て、えっ!!って思った。

なのに、なんでか、えいちゃんにはそう言えなかった。

『大丈夫だよ!』って、あれ、自分に言い聞かせてただけだった……」


「ゆき!」

俺は、覚悟を決めた。


「キスしていい?」


「えっ……うん」


俺はゆきの顔を両手で包むと、顔を近づけた。

ゆきは、そっと目を閉じた。

キレイだな。

俺は、ゆきの柔らかな唇にくちづけをした。


そのくらいでやめるつもりだった。

だけど、とめられなかった。

自分でも驚くくらい、激しくディープキスをした。

5分、10分、それ以上か。

実際は、もっと短い時間だったのか、わからないくらい、激しく激しいキスをした。

ガクっと崩れおちそうな、ゆきを支えて、それでも唇から離さなかった。

学校で、こんなところを先生にでも見られたら、怒られるだけではすまいのかもしれない。

でも、とめられなかった。

今まで、何年も溜めていたものが、大きな波になって押し寄せてきた感じだった。

唇を離すと、ゆきは顔を赤らめて下を向いた。

愛しい。


「ゆき!ゆきのこと心から愛してるよ!

大切に思ってるんだ!

俺が悪いところは直すから、嫌なことは嫌だって言ってくれよ!

我慢することないんだよ!

少しくらいケンカしたっていいじゃないか!

また、仲直りすればいいんだから。

ねっ、ゆき」

俺がそう言うと、ゆきはゆっくりと顔をあげた。


「えいちゃんのこと大好きよ。

えいちゃんも私に言いたいことあったら、遠慮しないで言ってね!

私、えいちゃんの彼女としてふさわしくないんじゃないかって、ずっと思ってた。

私、もっと頑張るから!」

「ゆき!頑張らなくていいよ!今のままで。

そのままのゆきが大好きだから」

「ありがとう。えいちゃん」


俺は、ゆきをギュッと抱きしめた。

離さない!!そう思った。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 


 「おまえ、わっかりやすいなぁ!!」

滝沢が笑いながら言った。

「何が?」

「何がじゃねーよ!

昨日、ゆきちゃんと仲直りできたんだな!」

「なんでわかった?」

「おっまえ、ほんと かわいいヤツだな〜!」

そう言うと、俺の髪をグチャグチャとした。


「からかうなよ!」

「おまえってさ、なんかもっとこう、クールな男!みたいなイメージだったけどさ、最近はなんか熱いよな〜!

いい時、悪い時が、はっきりプレーに出てるぜー!!」

「そっか?」

「とにかくよ〜!羨ましいよな〜おまえ!!

彼女は、いるわ!

こんなに、おまえ目当てのギャラリーいるわでさー!

こん中で、俺に乗り換える女いね〜かな〜!

おまえよりいいプレーして、『あれっ!?あの人の方がよくな〜い?滝沢先輩の方がステキかも〜』って思わせるように、頑張るわ!!」 

「おう!!やってみ!!」

2人で大笑いした。


滝沢の言う通りだ。

ゆきとうまくいってる時は、何をやってもうまくいく。

バスケしてても思い通りのプレーができる。

ゆきのおかげだ。

俺にとって、ゆきの存在はかなり大きい。

大切にしたい。

女神さまだ。

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