30話 矢沢弘人 ⑨

 「よっ!王子さま!どうよ!調子は?」

滝沢が、演劇部に顔を出してくれた。


「おー!滝沢!ヤベーよ!芝居はムズいわ!」

「おまえがバスケしにこねーからさ、マネージャー達ブーブーだぜ!

演劇部に矢沢くんとられたー!って騒いでるよ。そろそろ殴り込みに来るんじゃね〜かな!

まぁ、たまには顔出せよ」

そう言って笑った。


「あぁ、俺もバスケしたくてウズウズしてたとこなんだ!今日、あとでそっち行くわ!」

「おう!じゃ、待ってるわ!マネージャー達に教えてやろ!じゃな!」

「おっ!」


滝沢は、手を振って走って行った。


違う自分を演じる。

俺は、結構向いてるんじゃねーかって、内心思っていた。

でも、マジで難しいな。

全くの別人をやるんだからな。

王子さまの気持ちなんて わかんねぇよ!


「後藤!わりー、今日抜けるわ!バスケやってくる!」

「あっ、そうか。まっ、ムリしない程度にやってくれりゃいいからさ!まじで、わりーな」

「いいって!じゃ、また明日くるわ!」



体育館の角を曲がると、1年のマネージャーが2人で立っていた。

「来たよーー!!矢沢先輩来たーー!!」

と走って行った。

中に入ると、2年のマネージャー3人が仁王立ちで出迎えてくれた。


「わり〜な。サボってて」

苦笑いしながら一応 謝った。

「そうだよ!こっち優先にしてよね!」

「はい。はい」

俺は、頭をかきながら、体育館の中に入った。


「なぁ。マネージャーたち こえーだろ」

小声で滝沢が言った。

「あぁ」

俺も小声で答えて、2人で笑った。


やっぱこっちの方が落ち着くわ!

4日ぶりのバスケは楽しかった。

大会が終わったばかりだから、そんなにピリピリした感じもなく、みんなで楽しくやろうって、そんな雰囲気だった。


「やっぱ!矢沢いると断然雰囲気良くなるな!」部長の石井が声をかけてくれた。


「おまえいねーと、マネージャーたちもやる気なしでダラダラしてるしよ!ひでーよ!

俺が注意したって、は〜い。って返事だけだからな〜!」

「そうか!悪いな。演劇部の手伝いなんか引き受けちまって」

「まっ、大会終わったし、文化祭終わったら、またガンガンやってくれよ!」

と肩を叩いた。

「あ!サンキュ!」


「矢沢〜!」

と、滝沢がタオルをフワっと投げてくれた。

「おー!サンキュー!」

「で?王子さま!どんな話なんだ?後藤が書いたシナリオだって?」 

と、隣りに座った。

「あぁ。後藤に言わせると、純愛劇だってゆうんだけどな。

俺からすると、優柔不断な女好きの王子さまの話って感じかな〜」 

「何だよ、それ!うけんな!

女好きの役かよ!エロいな!

それ、面白いのか?」

「よくわかんねーなー!後藤の言う『純愛』ってのも、どうにも理解できないしな」

「おまえと、ゆきちゃんみてーのが、純愛なんじゃねーの?」

「俺とゆき……みたいにか……」


後藤の作った話は、こんな内容だ。


森へ狩りに出かけた王子さまは、花を摘む村の娘と出会い、二人は恋に落ちた。

二人は、毎日毎日で森で会い、楽しく過ごした。

だが、王子には隣りの国の姫との結婚話が出ていた。国の為の政略結婚だった。

王子は、村娘と離れ、村娘は身を引いた。

王子は、隣国の姫と結婚した。

新婚生活は、予想に反して幸せなものだった。

が、村娘に会いたい気持ちが日増しに大きくなり、王子は村娘に会いに行く。

心から愛してると、想いをすべて告白する。

告白をしても何も変わることはなかったが、すべてを伝えることができたことで納得し、姫との幸せを一番に考えるようになる。

村娘も、王子の気持ちを大切に心にしまい、村の男と結婚する。

お互いに別の人と結婚し、2度と会うことはなかった。

お互いの幸せを祈りながら。



これは、ハッピーエンドなのか?よくわかんねぇな、やっぱ。

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