29話 矢沢弘人 ⑧
「それで、えいちゃん演劇部の文化祭の話、
引き受けるの?」
「あぁ、それなぁ。まだ、迷ってる。
とりあえず大会終わるまではって、返事待ってもらってるから、明日にはどうするか言わなきゃな」
同じクラスの演劇部の部長やってる後藤に、文化祭の出し物の劇に出てくれないかと頼まれていた。
主役の王子さま役だそうだ。
女子部員が、是非 王子さまは矢沢君を!と言っているって。頼むよ!!と何回も言われていた。
「後藤に、何回も頭下げられてっから、断りずれーし、かと言って、俺が芝居なんて出来ると思う?
やったこともねーのに、主役なんてムチャだろ!!」
「たぶん、カッコイイ王子さまが舞台の上にいてくれるだけでいいんじゃない?
セリフ一言くらいにしてもらって、にこにこ笑ってなよ」
「おー、他人事みて〜な言い方だな〜!」
ゆきは、賛成なのかよ。
「あはははは。
本当に、私も観てみたいんだ!
えいちゃんが王子さまやるところ」
「王子さまね〜、王子さまってガラかよ!」
「えっ!王子さまだよ!!十分、王子さま!
えいちゃんは、私にとって、白馬に乗って現れた王子さまだよ!あはははは!」
「ふざけてんなぁ」
「舞台の上のえいちゃんを、“キャーかっこいい!!”とか言いたいし」
そう言われるなら、悪い気はしないな。
「あ〜〜ぁ!しょうがね〜な〜!
やっか。やるわ!!」
「うん!」
「どうせなら、ゆきがお姫様役だったらいいのにな〜!
そしたら、リアルに『姫!愛してる!』とか言えんだけどな」
「あはははは。私は、全然お姫様キャラじゃないし、じゃじゃ馬姫になっちゃうよ!
竹刀振り回してさ!
あっ、そうそう、私も文化祭に向けて、ちょっと華道の方に力入れなきゃと思ってたとこだったんだ。
作品展示するやつ、今年は大作つくりたいと思ってるし」
「そっか~楽しみだな。
なっ?ゆき!さっきから気になってたんだけど、手首腫れてねーか?」
「あぁ、これね。湿布してくるの忘れちゃった。たぶん、腱鞘炎かな。
明日、医者に行こうかなって思ってるよ。
それより、ここ見て!」
そう言って、ゆきはシャツの袖をまくった。
「なんだよ!これ!」
ものすごいアザ?
内出血ですごい色になっている。
元々、肌の色が白いから、すごい痛々しい。
「ひどいでしょ!秋だから、長袖だし、良かったけどね。
アザってさ、最初青っぽいの。
それが、だんだん赤紫みたいになって、黒っぽくなるの。
それが何か所もどんどん重なるから、こんな気持ち悪くなっちゃってさ。
これじゃ、温泉とか入れないよね!何の病気ですか?って聞かれちゃいそう!」
そう言って笑った。
「なんでこんなところ」
「あ、これは小手を打とうとして外れて、腕って感じ」
「痛いんじゃないの?」
「まぁ、そりゃ痛いよ!こんなだもん」
「もうやめろよ!!」
俺は、身を乗り出して叫んだ。
「何を?」
「剣道!!こんな痛い思いしてまで、なんで続けてんだよ!!」
「なんでって……」
「もうやめて、男バスのマネージャーになれよ!!」
本音を言ってみた。
「あはは。田坂と同じこと言うんだね」
「えっ?」
「おまえ、男バスのマネージャーになって、ひろの近くにいた方がいいんじゃね!って言われたよ」
朋徳がそんなことを……
「何でマネージャーにしたいの?
私、あんまり気が利く方じゃないから、マネージャーにはむいてないと思うんだよね。
えいちゃんが私を心配してくれるのは嬉しいけど、このくらいのケガ、全然大丈夫だから、平気だよ!
私、こう見えて、痛みには強い方なんだから!」と言って笑った。
違うよ。
俺のそばに、いつでもそばにいて欲しいんだ!!
そう言いたかったが、それは言えなかった……
こんな痛い思いしてまで。
そんなにも、剣道 真剣なんだな……
剣道は、朋徳との繋がりを感じてしまう。
高校に入って、ゆきが華道部に入ると言った時、俺は大賛成した。
女子だけの部活だったし。
その後、剣道部とかけもちするという話を聞いて、反対した。
そんなのハードだろ!と。
でも、ゆきは、大丈夫 大丈夫と笑っていた。
無理にでも、やめさせておけばよかったと何度も思った。
剣道をやっている時のゆきは真剣だった。
何回か、稽古風景を見たことがあるけど、道着姿がとても似合っていた。
凛とした眼差しは、美しかった。
声をかけられないくらいに……
普段の、ほんわかした雰囲気とは全く違う。
こうゆう姿に朋徳は惹かれていたのだろうか……
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