9話 中野柚希 ⑨

 中1 バレンタインデー


 当日

田坂の誕生日だ。


私は、プレゼントと手紙を持ってきていた。

昨日の夜に書いた手紙には、想いをぎっしりと書いた。


田坂が退院してから、ずっと好きだったこと。

田坂が、さとみのことを好きだったってことが、ショックだということ。

今、話ができなくなってしまったけど、それでも

大好きだってこと。


でも、私にはこれを渡すことは、できないのだろうということも、わかっていた。


放課後になった。

いつもとは、ちょっと違った雰囲気。

女子も、男子も、みんな何かいつもと少し違って、ソワソワしてる。

廊下でチョコを渡す人。

もじもじしてる人。

先輩の所へ行くのか、階段を駆け上がってく人。

そんな光景を、いいな〜と思いながら見ていた。


「あっ!ヤバっ!私今日カギ当番だった!

さとみ!私 先に行くね!」

「うん!私、1組行ってくるから、少し遅れるかも!」


部活のカギ当番は、職員室へ行って道場のカギをもらい、道場を開け、全部の窓を開ける。

その後、顧問の先生のところへ行き、今日の練習メニューの紙をもらう。

それを、道場の黒板に書く。


これが遅いと、ものすごく怒られるのだ。

よりによって、なんで今日私当番なんだ〜!

まぁ、どうせ渡せないチョコなんだから、私にはバレンタインデー関係ないし、いいけどね……


道場のカギを開け、窓を1つ1つ開けていった。


「さむー!!」

こんな冬に、窓開ける必要あるの〜?


優しい西日の光が、道場の中に、何本も差し込んでいった。


「中野!」


心臓が止まりそうだった。


振り返ると、道場の入り口に1人立っていた。

西日がちょうど逆光で、表情は見えなかったが、それが田坂だとわかった。


「何?さとみは、1組へ行ったよ」

1ヶ月ぶりの会話に、涙が出そうだった。


「知ってる。……おれは……」

小さい声で、田坂が何かそう言いかけた時、青田が慌てて駆け込んできた。


「中野!!あーいた!いた!大崎怒ってるよ!

遅いって!!」

「マジで!ヤバ!ごめん!青田!まだ窓 途中!

開けといて!」

そう言って私は、田坂の横を走り過ぎた。


 部活が終わり、帰り道。

いつものようにケラケラと笑いながら、さとみが話し始めた。


「今日のバレンタインさ〜、マジですごかったんだよ!

中野カギ当番だったから、知らないと思うけどさ〜、あちこちでコクってんの!!

私1組行ったらさ、廊下に竹林君いて、その前に1列に並んでて、順番にチョコ渡してくんだよ!アイドルの握手会みたいに!

私、10番目くらいでさ〜。 

あれじゃ、どのチョコが誰からのだか、わかんないだろうなぁ。

手紙も渡したけど、チョコに名前なんて書いてないもん!気合い入れて、高いチョコ買って、かわいくラッピングしたのにさ〜、なんか無意味って感じでショックだよ〜!」

「そうなんだ〜!竹林君すごいね!人気あるんだね!」

「そう!ちょっと、あれ見ちゃうと、竹林君は無理かな〜。

諦めて、ランク落とそうかな」


ランク落とすか……


「そうそう!それでさ、教室戻ったら、えいちゃんが2年の先輩、名前わかんないけど、女バスの先輩にコクられててさ、なんか入りずらかったけど、教室にカバン置きっぱなしだったから、

『失礼しま〜す』って、そうっと入ったんだけど、超にらまれたよ!先輩に!怖かった〜!!

えいちゃん、『すみません。それは、ちょっと……』とか言っててさ、すごいよね〜!先輩のこともフッちゃうんだから!

チョコも結構もらってたみたいだよ。

うちのクラスで1番モテるのかもね!」

「ふ〜ん!えいちゃん、かっこいいもんね〜!」

「だよね!あっ!私、今度えいちゃんにしようかな!!」


さとみの無邪気な態度にカチンときた。

本人は、悪気なく言ってるんだろうけど……

田坂が、チョコ欲しいって言ってんのに、それは無視なんだ!?

田坂、誰かに、チョコもらえたかな。

誕生日プレゼントもらえたのかな。


せめて、さっき、『誕生日おめでとう』って言えば良かったな……


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