6話 中野柚希 ⑥

 悪い予感は的中し、夏休み明けから最悪な日々だった。

何の関係もない、多尾先輩を巻き込んでしまって。


朝部活の時に、学校の横の土手を走っていると、必ず多尾先輩が登校して来るのと、すれ違う。


「中野!多尾ちゃん来たよ!!」

と、2年の先輩達に冷やかされ、恥ずかしくて赤面しちゃって、そんな姿を田坂に見られてるかもと思うと悲しくなった。


先輩達に、半強制的にラブレターを書かされて、多尾先輩に渡した。

本当は好きでもないのに、『好きです』とか『いつも見ています』とか書いて渡した。

生まれて初めてのラブレターは、そんなものだった。


その2日後、いつも通りのマラソン中、多尾先輩が私を呼び止め、直接返事の手紙をくれた。


「ありがとうございます」

と、受け取って、走りながら手紙を読んでみた。


“中野柚希様 

僕は今、受験勉強で忙しい3年生だ。

気持ちは嬉しかったが、君の気持ちに応えることは出来ない。

すまない。

朝練や放課後練、君が懸命に走っている姿を見かけます。

剣道 頑張って。

多尾啓ニ”


すごく誠実な手紙だった。

一字一字、丁寧で綺麗な文字。

多尾先輩の真面目な人柄がにじみ出ていた。

涙が溢れてきた。

立ち止まって、わぁーわぁー泣いた。

友達も、先輩もみんな驚いて、どうしたのと駆け寄ってきた。

あとは、よく覚えていない……ただ、多尾先輩にフラれたと言ったと思う。


 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 夏休み明けから、1ヶ月が過ぎた。

先輩たちも、フラれた私に気をつかって、多尾先輩のことには触れなくなった。


私は、フラれた後の方が多尾先輩を好きになった。

ううん、好きってゆうのとは違うな。

尊敬するようになった。

志望校に合格できますように!って応援するようになった。

そして、適当な自分の嘘で多尾先輩に迷惑をかけたことを、すごく反省した。

そのことで、田坂にも誤解されたかもしれない。田坂にとっては、どうでもいいことで気にもしてないかもしれないけど……


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 


 中1 秋

 いろんな行事が盛りだくさんだった。

クラスマッチ、部活の新人戦大会、文化祭、マラソン大会。

クラスや部活での活動が多かったから、田坂と少しずつ話ができるようになった。

私は、すごく人見知りで、特に男子が苦手。

できることなら、話はしたくないという感じでここまできた。

それが、田坂とは気が合うな!と感じた。

考え方が似ているような気がした。

特に、話題に共通点もないんだけど、なんだか、昔から知ってる人のような、そんな懐かしい感じがした。


席替えをしたら、隣の席になった。

窓側の1番後ろの席。 

誰にも邪魔されない、2人だけの空間のような気がした。


田坂が、授業中、窓の外を眺めながら、

「我が吾子のぬり絵に見えし秋の空」

と、ボソッと言った。

「は?何?誰の句?」

「今つくった、俺の句」

「マジで?なんか、いい感じじゃなかった?

ちょっとメモるから、もう一回言って!!」

「我が吾子の……なんて言った?俺?」

「ぬり絵がなんちゃら、じゃなかった?」

「あぁ、そうか!

我が吾子のぬり絵みたいな秋の雲」

「ん?何か、さっきと違くない?」

「そうか?一瞬で忘れちまったな!ははは」


そんな何気ない普通のやりとりが楽しくて、嬉しくて、幸せな気持ちだった。


「中野って、田坂と仲良いよね!」

立花に言われた。

「そっかな?」

「基本、中野が男子としゃべるのって、あんまないじゃん!潔癖な男ギライだと思ってたよ!」

「男ギライってこともないけどさ、人見知りなだけだよ」


いつも、いつも、田坂のことを見てた。

同じクラスで、同じ部活で、超ラッキー!!

幸せだなぁと思っていた。


田坂はクラスにいる時は、いつも矢沢君と一緒にいた。

保育園からの大親友らしい。


矢沢弘人君


みんなは、矢沢永吉の矢沢で、“えいちゃん”って呼んでるけど、田坂だけは “ひろ” って呼んでいた。

その “ひろ” って響きが優しくて何だか好きだった。

えいちゃんも田坂のことを “とものり” って呼んでいた。

みんなとは違う呼び方で呼び合うところが、男同士の友情みたいな感じがした。


「ね〜!えいちゃんて、超かっこいいよね!

中野はさ、田坂と仲良いんだから、えいちゃんとも仲良くすればいいのに〜!

それでさ、私もお近づきになりたいな〜! 

ダブルデートとか!なんてさ!」

宮田が言ってきた。


ダブルデート!!


「えいちゃんかぁ。カッコイイよね!

私、たぶん一度も話したことないよ。

田坂と話してると、スーっとどっか行っちゃう感じ」

「それ!気を使ってるんじゃないの!

あんた達に!」

「なにそれ?」

「中野と田坂、2人怪しいって、う、わ、さ、だよ!!」

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