4話 中野柚希 ④
中1 夏休み
「あっつーい!!」
「マジ死ぬ!!」
夏休み、ほぼ毎日部活だった。
学校のすぐ横を流れる川の脇の土手を30分マラソンし、10分の休憩。
「すっごい喉かわいた〜!川の水でもいいから飲みたい!」
「ヤバ!なんか、オレンジジュースに見えてきたし!ちょっとだけ、飲んでみようかな」
「やめなよ!お腹こわすよ!」
毎日、お約束のようなこの会話。
今となれば信じられないが、当時は部活の途中で水を飲むことは許されなかった。
炎天下で何時間も運動して、汗をダラダラ流して、水分補給なし。
よく、死者が出なかったと思う。
この川の水は、鉄の成分が強くて、水は透明のキレイな水だけど、川底の石が錆びて赤茶色に変色している。
それを遠目に見ると、オレンジ色の流れに見えるのだ。
「はい!休憩終わり!じゃ、ダッシュ10本!
さっさと並ぶ!」
木陰で休んでいた2年の先輩が、歩きながら大きな声で言った。
「田坂!カウントして!」
「はい!」
先輩の号令で、1年生は4人ずつ整列した。
「よし、はじめ!!」
ダッシュとは、25メートルを全力で走って、地面にタッチして、全力で戻ってくる。
だから、50メートル走だ。
4人ずつ走って、1番ビリだったらその場で腕立て伏せ10回のペナルティが課せられる。
このダッシュを10本。
もう、その前に走り込みをしてきた後だけに、フラフラだ。
足がもつれて、派手に転ぶ人もいた。
それでも、容赦なくペナルティは課せられる。
「よ〜し、じゃ竹刀持ってきて!
素振り始めるよ!」
午前中3時間、お弁当を食べて、午後2時間。
練習が終わり、先輩たちが先に水を飲み、着替えをして部室を出てから、やっと私たち1年が部室に入れる。
「夏休み、あ〜夏休み、夏休み」
部室で着替えをしながら、洋子が大きな声で言った。
「中1の夏休みが、毎日毎日部活でグッタリして終わって行くよ〜!
あ〜寂しい!出会いが欲しい!
夏休みに熱い恋をして、彼氏をつくるのが目標だったのに〜!」
「ムリムリムリ!!」
全員の声がそろって、大笑いした。
「かっこいい先輩を毎日見れるだけでも、ラッキーだって!」
ゆかりちゃんが言った。
「まぁね!!剣道部の先輩、超イケメン揃いって有名だもんね!」
青田が言った。
「3年の先輩、引退したけど、夏休み中午後は毎日来てくれてるし」
依子ちゃんがかわいい声で言った。
「他の部の子が、羨ましい!って言うもんね!」と、棚部が言った。
「ほんと!ほんと!出会いを期待するのは無理そうだから、なんとか先輩方とお近づきになりたいね!」
さとみが言って、うん、うんと一同頷いた。
「でも、それも厳しいって!
女子の先輩が目を光らせてるじゃん!」
晶の言葉に、みんなで
「だよね〜!こわ〜!」
と言った。
その時、部室のドアがダンッ!!と開き、先生がすごい怖い顔をして、
「こらーーー!!1年女子!まだ残ってんのか!!練習終わったら、さっさと帰れ!!」
と仁王立ちで言った。
「うわ!やば!先生さようなら!じゃ、バイバーイ!」✕11人
蜘蛛の子を散らすように、一斉に部室から飛び出した。
あれっ、田坂じゃん!まだいたんだ。
田坂、練習出来ない分、片付けしたり、掃除したり、エライな。
そんな夏休みの部活も20日が過ぎた。
田坂、毎日誰よりも早く来て準備して、誰よりも遅くまで残って片付けして、大変だな。
まだ、走っちゃいけなくて素振りだけしかできてないけど、きっと早くやりたいんだろうな。
部活中、何回も目が合うな。私が見てるから、視線を感じるのかな。
だって、気になって……
よくわかんないけど、気になって。
疲れて、もうダメだ〜!限界だ〜!って思っても、田坂に『ガンバ〜!』って言われると、思わず頑張っちゃってる私。
なんか、すごく田坂のこと意識してる。
まだ、ちゃんと話もしたことないけど、私のこと同じクラスだって知ってるのかな?
1年女子、11人もいるし、私のことなんて、気にしてないか……
私、全然目立たないしね……
「同じクラスだよね!」
って、言ってみようか!
「あっそう」
って言われるだけか……
あとは、話が続かないなぁ。
ダメだ……。
「ねぇ!中野どうする?」
さとみに肩をつかまれビクッとした。
「どうするって?」
「もう!!今の話聞いてなかったの〜?」
さとみの横から棚部が、身を乗り出して大きな声で言った。
「だから!夏休みの部活最終日に、道場で打ち上げあって、好きな人を発表するんだって!」
「何それ!!」
びっくりして大声をあげた。
「もう!何それじゃないよ!だから、みんなで話してんじゃん!ちゃんと聞いてなよ!」
「晶が、高山先輩に聞いたんだって。ねっ晶!」青田に促されて、晶が話を引き継いだ。
「ほんとは、内緒の話なんだって!
打ち上げの時に、急にサプライズでやるらしいんだけど、1年女子は好きな人をみんなの前で、発表するんだって!
伝統なんだってさ!」
「みんなって?」
「女子だけなんだけどね。3年の先輩も打ち上げには来るんだって。差し入れ持って。
で、2、3年の先輩たちの前で、1人ずつ
『私の好きな人は○○です!』
ってゆうんだって!」
「え〜〜〜〜〜〜!!!!!!」
一同声を合わせた。
「私、休もうかな……」
ボソッと言った依子ちゃんに、
「あんたは、彼氏いるんだから、普通に言やいいじゃん!休んだりしたら、目つけられるよ!
後が怖いじゃん!」
と晶が言って、みんな一気にどんよりとした。
「じゃ、どうすんの?みんなの前で言うとか、超恥ずかしいじゃん!」
と、洋子が口を開いた。
その言葉に、ニヤっと晶が笑って、
「だからさ!無難なこと言えばいいってことだよ!」
「ぶなんって?」
「何も、ほんとのことバカ正直に言わなくたっていいじゃん!
剣道部の3年の先輩って、超がつくかっこよさなんだから、みんなが憧れるような人の名前を言っとけば無難なんじゃない!?
やっぱり、そうだよね〜!わかる!わかる!ってさ」
「そっかぁ!じゃ、部長の元木先輩とか、副部長の宮坂先輩とか、1番人気の青山先輩とか、その辺言っとけばOKって感じ?」
「まぁ、そうなんだけど、11人みんなで同じこと言っちゃうと、やっぱ嘘くさいじゃん!」
「だよね〜!口裏合わせしたのバレバレになるよね!」
「でさ〜!これ!1番重要なとこ!」
もったいぶったように晶がゆっくり言った。
「微妙な人を言っちゃうとヤバイらしいんだ」
「ビミョーな人って?」
「だから、例えば先輩の本命とか、付き合ってる人とか、それと被っちゃうと、超ヤバイらしいんだ〜!」
「え〜〜!!だって!そんなのわかんないじゃん!先輩の本命なんて、先に発表してよ!って感じじゃん!!」
「だから、難しいんだって!」
「じゃ、完全フリーのモテるトップ3を言うか、全然パッとしないような、誰ともかぶらないような人を言うかってこと?」
「だね!!」
「じゃさ〜、もう誰を言うか決めちゃわない!
かぶっちゃうと焦るじゃん!!」
「そうしよ〜!」
ダンッ!!
「コラーーーー!!!!1年女子!!明日は、8時に来て、雑巾がけしろ!!」
「はい!すみません!さようなら!じゃ、バイバイ!」✕11人
私達は、毎日こんな調子で、先生に怒られて帰って行った。
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