@HisFm

墓石へと合わせていた両手を離し、瞑っていた目を開けると、私がつい先程火を点けた線香の煙が、ゆらゆらと力なく揺れており、やがてそらへと溶けていった。墓地の雰囲気は重苦しかった。私の顔を撫でつける空気はじっとりと湿っていて、いかにも日本の梅雨といった感じである。卒塔婆には、蟋蟀きりぎりすが一匹止まっていた。快活だった母も、死んで埋められてしまえばこうして虫と戯れるしかないのである。もう帰ろうかと思い、少し視線を落とすと、墓石を2つ挟んで左側にある岩塊いしくれが、それ自体もまた墓の一つであったことに気がついた。墓石の角は、元々あったのかどうかも怪しい程に朽ちて丸まり、全体に苔が濃く生していた。私も、正面に彫り込まれたものの、周囲が削れて高低差がなくなり、最早文字だとは分からなくなってしまった"溝"を見て、墓だと認識できたのである。誰がどう見ても、こまめに手入れされているわけはあるまい。この様子では、数年ではきかないかもしれない。この墓の主人が死んだのは、一体何時いつのことなのだろうか。もはやその墓は、自然の一部になろうとしていた。人は死んで身体は腐り、果てには、墓標すらも無に還るのであろうか。岩塊の陰には、季節外れな彼岸花が一輪、何も言わずに咲いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

@HisFm

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ