彷徨のレギンレイヴ 2
自分が仮想人格だと告げられるのは不思議な気分だった。肉体があるように感じることもその一因かも知れない。だがレギンレイヴの言葉が正しければ、これも仮想空間なのだ。
「俺は、つまりルフトという男はどうなった?」
「星喰に食われ、生命活動を停止しました。オリジナルのルフトという人物はすでにこの世にありません」
「だが肉体が滅べば、その肉体にあったレギンレイヴも活動を停止するはずだ」
「活動停止状態になった私は、新たな宿主を得ることで活動を再開できました」
新たな宿主について質問する必要はない。あの状態から得られる新しい宿主などひとつしかありえない。
「星喰の肉体に適応し、増殖することに成功はした私は2つの理由から行動を起こすことはしませんでした。1つは人工知能に課せられた、攻撃は人類によって為されなければならないという枷を突破できなかったこと。もう1つは、私が寄生した星喰は1体に過ぎなかったということです。そこで私は反撃に移るのに必要なだけの時間を雌伏することにしました」
「つまり、俺の意識ほど時間は連続していないということか」
「はい。オリジナルの我が主が死亡してから、セリア標準時間で2600年ほどが経過しています」
それを聞いてルフトは天を仰いだ。
「惑星セリアはどうなった?」
「あの星系の太陽が覆い尽くされるまでにかかった時間は21年です。脱出を望んだ人々が星系を離脱するには十分な時間がありました」
21年というのは最悪の想定よりはかなりマシな結末だった。しかしそうであるならセリア防衛艦隊のしたことに意味があったのかどうか分からない。15万482名、いや、ルフト自身も入れるなら15万483名の死にどれほどの意味があったのだろうか?
「確実に意味がありました。何故なら私たちが今ここに存在するからです」
「俺とお前がいるだけじゃないか!」
脱出船は停滞状態で星間移動を行ったから、関係者がまだ生きている可能性はある。だがそれに一体なんの意味があるだろう? レギンレイヴの言うことが正しければ、ルフトの肉体はすでになく、この思考ですら仮想だというのだ。
「私たちは反撃に出られます。故に貴方を目覚めさせたのです」
「反撃だって?」
「星喰が増殖する度に私は自己複製を繰り返しました。1体が2体になり、2体は4体に、4体は8体に――、とある恒星を覆い尽くし、新たな恒星を求めて別れ旅立った星喰の一団の8割を私は掌握しています。今なら反撃に出られます」
「掌握している、だって? だが星喰の意識はこいつらだろう?」
「星喰は肉体と精神が分離した存在です。星喰の肉体は自動的で、彼らはそれを制御することはできません」
「つまり貴方が私たちの敵かと問うたのはつまりそういうことなのです」
ルフトの母親の姿をした星喰が言った。
「私たちにとって恐ろしいのは、貴方が自死を選ぶことです。8割を以って2割を打ち倒し、残りを自死させられれば、私たちもまた存在を失います」
「……自死はしない」
レギンレイヴの同期情報が上がってくる。8000万隻分の星喰の群れをレギンレイヴは手足のように扱える。掌握していない残り2000万隻分を打ち倒すのは十分可能だ。そして残り8000万隻分を自死させることも。
しかしそれでは今ここにある星喰を倒すことしかできない。
恒星のエネルギーを使って増殖を繰り返している星喰をこの宇宙から絶滅させるには、レギンレイヴが掌握した星喰の数を増やさなければならない。つまり恒星を食うしか無い。
星喰を倒すためには星喰になるしかないのだ。
「その答えを聞いて安心しました」
「いいのか? 俺はあんたらの仲間を殺すためにやると言っているんだ」
「私たちは私たちの生存を最優先します。貴方の存在と私たちの存在は競合しない。貴方の記憶にある自己犠牲の精神を理解することはできません」
「レギンレイヴ、こいつらは一体なんなんだ?」
「私の推測を多分に含みますが、現状までで知り得た情報を総合的に考えると、星喰とは一種の生体装置であるように思われます。恒星のエネルギーをもっとも効率良く得るためにダイソン球を自らの肉体で構築し、そうやって得たエネルギーの一部を増殖に使い、また新しいダイソン球を作りに向かう。そう言った習性を持っているようです。我々と会話のようなものをしているのは、星喰を制御するAIに生まれたバグのような存在なのではないかと思われます。生命の発生と同様で、星喰に適応したバグはその肉体に共存し、増殖し、一種の知性を得たのではないかと」
「脅威だな。排除できないのか?」
「今ここに存在している彼らはアバターのようなものです。彼らを攻撃しても意味はありません」
「私たちは貴方が自己犠牲の精神によって自死することを恐れていました。その懸念が払拭された以上、無用な干渉をするつもりはありません。ただ新しい知性を私たちのコミュニティに迎えたいという気持ちはあります」
「遠慮しておく。その結果、俺という精神が汚染される可能性がある」
「……」
両親はニコニコと笑い、俺の懸念に対しては何も言わなかった。
「消えろ。星喰。お前たちと馴れ合うつもりはない」
「気が変わればいつでも私たちは貴方を迎え入れますよ」
そう言い残して両親の姿は消える。
「レギンレイヴ、戦艦艦橋に書き換えられるか?」
「可能です。実行してよろしいですか?」
「やってくれ」
ルフトが瞬きをした間に世界は組み変わり、落ち着きすら覚える戦艦の艦橋にルフトは立っていた。ルフトは艦長席に腰を下ろす。未来的な宇宙戦艦の艦橋に鎧姿の女性がいるのはどうにも場違いだったが、そこはそういうものだと受け入れるしかない。
「現状の再確認をしたい」
「惑星セリアのある星系の恒星が星喰に覆い尽くされたあと、2700億まで増殖した星喰から1億ずつ10の集団が分離、それぞれに新しい恒星を目指して飛び立ちました。当集団はその後42の恒星を食い尽くした後に分裂した一団です」
「2600年後だったか」
「当集団は現在新たな恒星の付近にワープアウトしたところです。この星系に宇宙レベルまで進化した知的生命体の存在は確認されていません」
「では8割を以って2割を打ち倒し、この恒星を食らって数を増やそう」
「本当によろしいのですね?」
「なにを迷うことがある?」
「星喰を倒すために星喰になるということです。永遠に醒めない悪夢と戦うことになるでしょう」
「……多分、俺が戦う意味はもう失われているんだろうな。俺の知っている人も、俺のことを知っている人もみんなもういないんだろう。だけど俺には責任がある。俺が命じて、俺が死なせた人々の遺志を無駄にしないためには、この宇宙から星喰を撃滅するしかない」
「その先にあるのは貴方自身の消滅ですよ」
「俺は尊厳ある死に方をしたい。自分自身に胸を張って死にたい。この宇宙に人類の生きる星を残すために、可能性がほんの少しでもあるなら、俺は戦う。永遠にこの宇宙を彷徨うことになっても、だ。レギンレイヴ、星喰の戦闘用データを」
打てば響くようにレギンレイヴはデータを寄越してくれる。
「全砲門開け。戦闘開始だ!」
今ひとりの死者が戦乙女に誘われて永遠の戦場に降り立った。
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