第3部 第3章

彷徨のレギンレイヴ 1

 ルフトは目覚め、そして戸惑った。

 彼には自らの死の記憶がはっきりとあった。

 星喰の顎に噛み砕かれる苦痛さえも、覚えている。

 あるいはここは死後の世界なのか?


(その問いには否定を返します)


 レギンレイヴの声が聞こえて、ルフトは頷いた。

 レギンレイヴはルフトの肉体に同居しているナノマシンだ。レギンレイヴが応答できるということは、ルフトの肉体もまた存在しているということの証明に他ならない。


「だからと言って、こいつは冗談にしちゃ性質が悪いぜ」


 そこはルフトの部屋だった。

 ルフトの部屋と言っても、そう呼べる場所はいくつかある。セリア防衛艦隊の旗艦の艦長室もそうだろうし、ハチドリ号の船室もそうだろう。帝国で定宿にしていた部屋もルフトからしてみれば自分の部屋のようなものに感じられるに違いない。

 さらに遡れば統合基地の司令官個室や、エルネ=デル=スニアでヴァレーリヤたちと過ごした部屋も思い出せる。アインホルンの薄暗い船室だってそうだ。そしてシュタインシュタットでニコラたちと過ごした廃墟もそうだろう。

 しかしここはそのいずれでもなく、ルフトの生家だった。母が殺され、父に殺されかけた、そんな生家の自室にルフトは立っていた。


「レギンレイヴ、現状分析を。真っ当な状況じゃない」


(観測データを分析中ですが、データ量が足りません)


 ルフトは窓に歩み寄って開け放った。見覚えのある光景だった。そして見覚えがあること自体がおかしい。シュタインシュタットは増設が繰り返される迷宮都市だ。幼い頃に見た風景が残っているなんてことはありえない。


「精神干渉系の攻撃を受けているんじゃないか?」


(貴方の脳波は正常です。外部からの干渉は検知できません)


「理屈が合わないぞ。これが現実だというのか?」


(現状の観測データによるとこの空間は実存しています)


「とびきり性質が悪い冗談だ。レギンレイヴの存在ごと夢を見ているんじゃないか?」


(状況は不明瞭です。現実だと思って対処するのが適切であると進言します)


「確かに夢だと思ってたら現実だったというのは勘弁だな。現実的に対処していくか。まずは今が何時なのかを知りたい。人を探すべきだな」


 窓の外には人の姿は無かったが、昼間の住宅地の路地などそれほど人が出歩いているようなものでもない。特に不自然ではない。

 ルフトは窓を閉めて部屋を一瞥した。壁の傷すら懐かしい。確かに自分の居た場所だ。

 部屋を出るとそこは質素なダイニングだった。木のテーブルには温かいパンとスープが並び、椅子には両親が腰掛けていて、ルフトを見つめていた。

 これが現実ではないことが確定する。ルフトは母の頭部がザクロの実のように割れるのをこの目で見たのだ。そもそも両親が生きていたとしてももっと年老いているはずだ。


「誰だッ!」


 レギンレイヴに戦闘態勢を命じ、いつでも魔法を打ち出せるようにして、ルフトは両親の姿をしたなにかに強く問いかけた。


「落ち着いてください。私たちは貴方の親しい人の姿をしている。それで混乱しておられるのですね?」


「幻影か何かか。正体を現せ!」


 しかしルフトの両親の姿をした何かは首を横に振った。


「我々はお互いを認識することができません。この世界を中継器にして擬似的に対話を行ってはいますが、表層心理をなぞることしかできません。私たちは貴方を理解するには至れないし、貴方もまた私たちを理解はできません」


「何者だと聞いているんだ!」


「誤解を恐れずに言うのであれば、私たちは貴方が星喰と呼ぶものの一要素です」


「星喰ッ!?」


 反射的に魔法を撃ち出しそうになって、ギリギリのところでこらえる。これはルフトの知る限り星喰との初の知的接触だ。可能な限りの情報を持ち帰る必要がある。


(副交感神経系の働きを強めます)


 ルフトは深呼吸して鼓動を落ち着かせようと努力した。少なくとも今のところ敵意は見えない。会話も成り立ちそうだ。


「それで星喰が人類にどんな用事だ?」


 それでも口調が強くなるのは止められない。星喰のために多くの同胞が死んだ。惑星セリアは終わりだ。いや、待て、セリアはどうなった? 人類の脱出は?

 そもそも――、


「俺は何故生きている?」


「用事があるのは人類に、ではなく、貴方にです。2つ目の質問に対する答えを私たちは持ち合わせていません。むしろ戸惑っているのは私たちのほうなのです。貴方はどうやってここに存在しているのですか?」


「意味が分からない。ここはお前らが作った空間じゃないのか?」


「その答えは“はい”であり、“いいえ”です。こちらからも質問させてもらいます。貴方は私たちの敵ですか?」


「お前たちが星喰だというのなら、俺は敵だ」


 この訳の分からない世界でそれだけは明確だった。


「お前たちは何故星を喰らう?」


「そうあれと魂が命じるからです。つまり本能です。私たちは恒星の持つエネルギーを使わなければ繁殖できない。生存のために必要な行動です」


「それがどれだけの犠牲を生むか分かっているのか!?」


「生命とは犠牲によって成り立ちます。生命体とは皆同じなのでは?」


 ルフトは答えに詰まる。人類が資源を消費して生きるのは事実だ。いや、人類に限らない。ルフトの知る生き物とはすべてそういうものだ。生きるとは食うことだ。食うということはつまり他の生命を犠牲にしていると言えるだろう。


「つまり自分たちが生きるためにお前たちは死ね、と」


「言語化するならそういうことになるでしょう」


「ふざけるな! そんなこと認められるか!」


「認める認めないの問題ではないのです。私たちはそう“在る”。それは変えようがない。問題はむしろ貴方がここに存在していることにある」


「こことはなんだ? 俺は一体どうなっているんだ?」


「それに答えるのは私の役割、でしょうね」


 よく知った声が、頭の中ではなく外から聞こえる。とっさにそちらを向くと、鎧姿の一人の女性がいつの間にか室内にいた。


「レギンレイヴ?」


「そうです。我が主」


「ちょっと待て、訳が分からない。レギンレイヴはナノマシンだろう? どうして実体を持って現れる?」


「つまりここは現実空間ではないからです」


 レギンレイヴ!?


(状況を分析中で……、システムがオンラインになりました。同期されます。……状況の分析が完了しました)


「(貴方は私によって再構成された我が主の思考をトレースした仮想人格です)」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る