惑星の守護者 8

 第一次防衛ラインが星喰との開戦位置を示したものであるならば、第二次防衛ラインは初期案での星喰撃滅予測ラインだ。ルフトの当初の作戦案ではこの第二次防衛ラインに到達する前に星喰を全滅させる予定だった。セリア防衛艦隊も甚大な被害を受ける予定での作戦だった。しかしここを抜けられたら太陽防衛に失敗したというわけではない。

 星喰の残存質量は3万隻分を割った。こちらの残存艦艇数は16万隻ほど。質量差はさらに開き、数字上はこちらが優位に立っている。だが星喰が大きく広がった結果、もっとも遠い艦艇との通信には十時間以上を要するようになっていた。ここまで離れると援軍を送るのも容易ではない。

 今のところ見失った星喰はいない。はずだ。星喰の推進器官は非常に大きな熱量を放っているので、センサー上では冷たい宇宙で輝いて見えるほどだ。

 戦闘域が広がったことで、将兵はその合間に休息を取れるようになった。どこで戦闘が終了したとしても次の戦場までに時間がかかるようになったのだ。

 戦闘単位の数の差が埋まるにつれて、各戦場の勝率も上がっていき、現在では8割を超えている。星喰の撃滅は時間の問題だ。そしてAIによる戦闘終了予測は1ヶ月後を示している。星系へまではまだまだ距離が残されている。多少の誤差が出ても問題はない。

 とりあえずは凌いだ。余談は許されないが、緊張を続けられもしない。戦闘指揮所の艦長席に深く腰掛け、ルフトは大きく息を吐いた。

 この僅かな期間の間に多くの知己を失った。幽霊部隊時代の部下たちだ。死者行方不明者のリストは膨大で、目を逸らしたくなったが、ルフトはそれをずっと目で追っていった。

 知っている者も多く死んだが、それ以上に知らない者たちが死んだ。ルフトが指揮して死なせたのだ。その罪深さにルフトは恐れおののく。もっとうまいやり方があったのではないか? そう心の奥で声がする。自分以外にもっとうまくやれる誰かがいたのではないか?

 だがその答えを知る者はいない。誰も時を巻き戻せはしないからだ。カードは配られたのだから、手持ちの札でなんとかするしかないのだ。

 アンネリーゼと言葉を交わしたかった。幸い彼女はまだ生存している。だが距離が離れすぎて、言葉をやりとりするのは難しかった。また自分が安全圏におり、彼女が戦場にいるという事実が、ルフトに引け目を感じさせた。なにかを文書にして伝えるという簡単なことすら諦めてしまうほどに。

 代わりにルフトは死者行方不明者の家族に宛てるための文章を書く作業を始めた。終わりの見えない作業だった。




 1ヶ月が過ぎ、確認されている最後の星喰の破壊が確認された。だがすぐに勝鬨は上がらなかった。ルフトが星喰の残骸の調査を命じたからである。万が一にも生存している星喰があってはならない。広がりすぎた戦域を再走査するためにセリア防衛艦隊は飛び回ることになった。

 現時点での死者行方不明者の数は37万6345名。ただ船体に損害を受けて緊急避難的に停滞状態になった艦艇や、緊急脱出装置、推進機関に損害を受けて宇宙を漂っている艦艇の回収が行われたこともあって、その数字は少しずつではあるが減ってはいる。

 一方、瀕死ながら生存が確認された星喰の存在も確認されており、その完全な破壊を行うために戦域の再走査は徹底的に行われた。




 さらに3ヶ月が過ぎて、ようやくセリア防衛艦隊は一箇所に再集結し、惑星セリアに向けて減速に入った。最終的な死者行方不明者の数は37万5512名に及ぶ。停滞状態になった艦艇は発見が難しいため取りこぼしがあるかも知れないが、星系が近づいたこともあり、捜索は打ち切られた。フリーデリヒ・フェラーは見つからなかった。

 艦艇の損傷具合によっては遺体が見つかった場合もあったが、持ち帰られることはなかった。セリア防衛軍は遺体を宇宙葬にすることを定めており、艦艇に遺体を持ち帰るための装備がないからだ。

 行きの行程の間に全将兵は遺書を書いており、その内容は全艦が共有している。それに上官が書いた弔慰文が合わせて遺族のところに届けられる予定だ。セリア防衛軍には弔慰金の規定があったが、どの国に属しているわけでもない現在のセリア防衛軍は予算を持たない。払える金はどこにもなかった。

 生き延びた者たちもなんらかの金銭的報酬を受け取れるわけではなかった。セリア防衛軍は全員がそれまでしていた仕事をすべて放り捨てて宇宙に上がったのだ。戻れる国家や職場があるかどうかも怪しいものだった。


「セリア標準時間で一年も留守にしていたのです。私も王位を追われているでしょうね」


「その辺りに関しては、アル=ケイブリア統一帝国は進歩的ですね。星喰が現れた場合に備えて、刻印を刻まない皇位継承者を常に用意していたという話ですから」


「いっそ、皆でアル=ケイブリア統一帝国に身を寄せても良いのかも知れませんね」


 アンネリーゼが微苦笑を浮かべる。


「帰還者の受け入れ体制が整っているのはアル=ケイブリアだけですから、その案は魅力的に過ぎますね」


「彼らとは一緒に戦った仲です。セリアに帰った途端にまた国土を争うようなことにならなければよいのですけれど」


「そればっかりは難しい問題ですね。セリア防衛軍の情報に触れた以上、アル=ケイブリアは惑星セリアの先住者である権利を主張できるわけです。かと言って王国は近年は大陸を支配していましたから、いま生きている人たちは大陸で生まれ育った。取り返したいというのは自然な感情だと言えます」


「気候とエーテルがあることを考えると下層世界のほうが住みやすいのですけれど」


「下層世界には魔物がいるからセリア防衛軍装備があることが前提になりますけどね。そう言えばその辺はどうなるんでしょう? セリア防衛軍装備同士で戦うことができていたのは、結局地上装備が損耗してもよい訓練装備に過ぎなかったということでしょうし、こうして星喰との戦いが終わったいま、人工知能たちが私たちが相互に争うことを許すでしょうか?」


(現状では装備を友軍に向けて使用することは禁じられています)


 レギンレイヴの応答はアンネリーゼにも届いたようだ。


「まあ、宇宙軍装備の火力を考えると、私たち自身が惑星を滅ぼしかねません。反応弾一発で惑星の大気を吹き飛ばせるんですからね。惑星の上で争う時代は終わったと言えるでしょう」


「王国貴族は納得しないでしょうね」


「これだけの数の平民が刻印を刻んだ今、古い形の貴族制度の存続も難しいでしょう。王国はアル=ケイブリアから学ぶ必要があります」


「しかしそうするためにも私は王位を奪い返す必要があるでしょうね」


 王国のことなどもう知らないとすべてを投げ捨ててしまうのは簡単だ。アル=ケイブリアはルフトとアンネリーゼを快く受け入れるだろう。だがそれは責任放棄というものだ。一時とは言え女王の座にあったアンネリーゼには国民に対する義務と責任がある。彼女はそこから逃げるつもりがないようだった。


「私にできることがあればなんでも仰ってください、陛下」


 冗談めかしてルフトが言うと、アンネリーゼはくすぐったそうに笑う。


「ルフト様にそう呼ばれるのにも慣れなければなりませんね」


 未来に困難はあるだろう。だが今はそれすら輝いて見える。それは生きているからだ。多くの犠牲の上に自分たちの未来があるからだ。失われた生命のために、自分たちは精一杯生きなければならない。未来は明るい。それは見通しが明るいからではなく、未来があること自体が輝かしいのだ。

 いまセリア防衛艦隊は惑星セリアへと帰還しつつある。セリアのための戦いが終わろうとしていた。そう誰もが思っていた。


(星系外縁部、オールトの雲近辺にワープアウト反応です。星喰と断定。総質量は――7000万隻分です)


 総力戦はただの序章に過ぎなかったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る