惑星の守護者 7

 宇宙空間は広大だ。地上戦のように包囲すれば敵を逃さずに済むというような事態はまず発生しない。そもそも宇宙空間で敵を完全包囲できるような数を用意できればその時点で勝敗は決している。

 総数の28%を失ったセリア防衛艦隊は、すでにきちんとした輪の形すら維持できずにいる。分散した星喰を包囲撃滅するのはもはや不可能だ。

 とは言え総質量差ではこちらが有利だ。敵の頭を抑えてもいる。


「各艦隊指揮官の指示に従って分散し、敵を各個撃破せよ!」


 分散すれば通信の遅延は無視できないほどのものになる。ルフトがセリア防衛艦隊全体に命令できるのはこれが最後の機会だ。


 10人の艦隊指揮官が命令を拝領する。そこにあるはずの顔が無いことにルフトは気付いた。第二艦隊指揮官フリーデリヒ・フェラーがいない。わざわざ口に出して聞くようなことではない。ログを追うと、彼女の艦は星喰を追撃していた砲戦の最中に攻撃を受け脱落していた。生死不明。少なくとも彼女の艦からの通信を誰も受け取っていない。第二艦隊指揮官は次の先任士官が引き継いでいた。ルフトは自分が受けた衝撃の大きさに驚き、戸惑い、それを顔に出さないようにするのが精一杯だった。

 ルフトにとってフリーデリヒは単なる部下ではない。命の恩人で、士官候補生の先輩で、一時は義理の姉でもあった。セリア防衛軍士官となってからは常にルフトの一歩後ろで補佐を行ってくれていた。掛け替えのないルフトの片翼だった。


 誰もがこの喪失を味わっている。

 14万人が死んだという事実より、たった一人の顔見知りが生死不明になったという事実のほうにショックを受ける。ルフトは自分の冷酷さに愕然としたが、人間とは誰しもそういうものだ。

 傷が癒えるのを待っている時間など無い。焼きごてを当てて出血を止めるしかない。幸いというべきか、各艦隊指揮官に指揮権を移譲したため、ルフトが直接指揮を取らなければならない艦は自分の乗っている艦だけだ。そして旗艦はどの艦隊に所属しているわけでもない。全体の指揮を執り続けるという名目があるため、ルフトは分散した艦隊の中央付近と予測される位置を目指した。

 現状はセリア防衛艦隊36万隻による星喰10万隻分の質量の敵の掃討戦だが、敵は急速に分散しつつある。対応するためにこちらも急速に分散することを強いられていた。一番遠いところにいた艦でも1秒だった遅延が、1分になり、やがて1時間になった。戦域は10億キロの半径に広がった。星喰を倒した小隊もあれば、返り討ちにあった小隊もある。そのことが状況をさらに複雑にさせていた。

 星喰の一体の大きさは非常に幅がある。77式程度の大きさのものから、こちらの戦艦を遥かに超えるサイズまで、様々だ。そして一匹も逃せないということが、こちらの戦術の幅を縮める。より遠くに向かう星喰から倒さなければならない。だが確実に倒せるわけではないのだ。各個の勝率は7割強と言ったところだった。数と位置の優位を得ていることを考えれば高いとは言えない。同じ質量で砲戦ならば速度で劣っていてさえ星喰のほうが戦闘力が高いということだ。誘導機雷を効果的に使うことで数の有利は作り出せたが、この状況ではもう誘導機雷は使えない。

 戦域が広がりすぎたことで、もはや命令系統は有効に機能しているとは言えない。劣勢に立った小隊を援護に別の小隊を向かわせても、到着した頃には全滅しており、結果的に各個撃破されるという事態も起きていた。

 幸いにも推力限界はセリア防衛艦隊のほうが高く、防衛圏を抜けた星喰はいない。だが迫る第二次防衛ラインでは止められそうにもない。また戦闘が始まってから体感で一週間が経過したこともあり、セリア防衛軍将兵の疲労は限界に達しつつあった。戦闘と戦闘の間のわずかな時間を使ってそれぞれに仮眠を取ってはいるが、誰もが本格的な睡眠を必要としているのは明らかだ。

 このままでも太陽到達まではセリア標準時間で4ヶ月ある。数の有利がある今なら、一度加速し、先回りすることで将兵に休息を与えられるかも知れない。だが2つの理由からルフトはその案を却下した。ひとつは一度加速すると、星喰の速度に合わせて戦闘域を作り出すのに時間がかかりすぎるからだ。もうひとつはこのまま星喰が広がっていくとセリア防衛艦隊では守りきれなくなる。今のままでも後1月も戦闘が続けば、場所と場合によっては星喰に追いつけなくなる危険性があった。


 こちらは相手の3倍の質量があるんだぞ!


 だが質量は戦力ではないし、火力でもない。またこちらが1個小隊単位での行動を原則としている以上、77式サイズの小型星喰1匹が逃げた先に1個小隊を向かわせなければならないという非効率が生じる。質量では勝っているにも関わらず、戦闘単位としての数で劣っている。それでもAIの計算力を借りて、なんとか先回りし続けられているというのが現状だ。

 広がっていく戦域の中央でルフトは何もできずに歯噛みする。アナスタシアが使えない、つまりそこにいることができない数万の兵より、使える一人の兵だと言ったが、ルフトは使えない一人の兵になっていた。無論、戦域全体を見渡す役割は誰かが担わなければならない。だが星喰が全力で回避を選択した結果、戦域の中央付近はぽっかりと穴が空いたようになっており、ルフトの近辺には味方はおろか、敵すらいない。砲を撃つことだけが戦争ではないと理解はしているが、無力感は拭えない。

 なにかこれまでの戦闘で新たに判明したことはないだろうか?


(星喰の行動はシュクミラから得られたデータの予測範囲内に収まっています。特に目を引くような行動パターンはありません)


 シュクミラの母星系は星喰によって恒星を食い尽くされ、凍りついた星系のひとつだ。彼らは星喰が知的生命体であると断定した後は、交流を持とうと技術を尽くしたが、結局は星喰の恒星突入を防げなかった。星喰の恒星突入から、それを完全に覆い尽くすまでの時間は恒星の規模や、突入した星喰の数にもよるだろうが、シュクミラの母星系の場合は218年だった。

 よろしい。惑星セリア静止衛星軌道上にはまだ50万隻の宇宙艦艇が存在している。惑星セリアの全人口は判明していないが、どう見積もっても10億人を超えることはないだろう。乗せるだけならば乗せられる。そして乗せてしまえば、船ごと停滞状態にして安全を確保できる。どこか人類が移住するのに適した惑星のありそうな星系に向けて大脱出することは可能だ。問題はハイパースペースレーンを使っている間は停滞状態を維持できないため、無理やり人員を詰め込んだ艦艇ではワープができない。実空間を他の星系まで移動するのには長い時間がかかるだろう。停滞状態にある人々には関係のないことだが、それだけの時間が経過することによって星喰の勢力図がどうなっているのかが想像できない。たどり着いた先の恒星系がすでに星喰に食い尽くされていて、別の星系を目指すということになりかねない。永遠に続く停滞状態は死と何が違うというのか。

 しかし戦況は正直に言うならば互角だ。こちらの勝利条件を考えると苦しいとさえ言える。

 50万隻を残したのは純粋に将兵の数が足りなかったためだが、脱出船として利用するという可能性を残しておかなければならないだろう。

 戦っている最中に負けたときのことを考えるというのは、いま生命を賭して戦っている将兵に申し訳ないが、総司令官としてはあらゆる可能性を考えておく必要がある。戦いの目的を履き違えてはいけない。星喰を絶滅させるために戦っているわけではない。愛する人々を守るために戦っているのだ。


 脱出計画をまとめたルフトはそれを封緘命令として全艦に送信した。星喰の太陽突入を許した場合に開封するように指示をつけてある。この命令書が誰の目にも届かずに破棄されることを祈って。


 いま星喰が第二次防衛ラインを超えた。

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